非モテ!―男性受難の時代 (文春新書)
レビュー ![]() 男性保護法が本当に必要かも。
男と女の社会的な位置、役割が変化し、それぞれが相手に対する見方や求めるものが
時代とともにどのように変化し、現在がどのようになっているか、を説明してくれる。 世の中がわからなくなってきたと感じる私みたいな人には、たいへん参考になる本だ。 正社員になれないことで収入が上がらず、インターネットなど内に籠る一方で 自分はモテないとコンプレックスを溜め込む男性。 社会的に解放され、様々な分野に進出して収入も上昇する一方で、容姿にこだわり、 ファーストフードのようになりつつある女性。 このすれ違いを解決するには、 「男性に対する差別的発言を禁止」し、「男性の多様な働き方を是認するとともに、 専業主夫を容認する社会的風潮を醸成し、専業主夫の増加を促進」させるような 男性保護法が、本当に必要なのかも知れない。 なお、この本は共著で、佐藤留美氏が彼女の著作の要旨をうまくまとめて いた「女が男を選ぶ時代 第6章」が印象に残った。 やりきれない内容…
書籍自体は良い出来だと思う。やや散漫になっている項目もあるが、「少子化対策とは恋愛という土俵にすら上れない者に対する視線をはっきり持たなければ画餅である」と考えていた自分にとって、頷ける論点が多かった。
しかし… 『醜男は女性にモテず相手にもされず、無論結婚もできずロクな仕事もなく収入も低い』という、「実もフタもない(←著書より。)」状態というのはまったくやりきれない。誰が良いの悪いのといった二元論に還元できないのはそうだが、男性の美醜、外見で人格や人間性まで蔑む(蔑んでも構わない)ような風潮を瀰漫させた者たちにも責任の一端はあるのかもしれない。 もっともそれは、長年に渡って男が女にやってきたことのしっぺ返しなのだと言われれば元も子もないが…。 努力で挽回できず、スタートラインから大きく差がつけられている故の不利益、差別。「リベンジャー型犯罪」がこの国でも多発するようになってからでは遅いのだが…いったい何をどうすれば光明が見出せるのだろう。重いテーマである。 いい加減に安直な本で、格差を食い物にするのはやめてほしい
どこかで見たことのあるスタイルの文章だと思ったら、格差ビジネスで儲けている三浦展の本だった。ダメダメなところをあげると、
・4人の共著なのに、著者が三浦展単独表示となっていること ・読者が熱心に読む気になれない位、多くのグラフを掲載して、安直な結論を導いていること 例えば、この本の主要な主張である「モテは希望格差を生む」という根拠となるグラフ(P65)だが、希望をもっている人の比率はZ男・モテ(モテ+まあモテる)で80.4%、Z男モテ(どちらでもない)69.8%の差の10.6%をどうみるか。まず、モテない層の数字がないのもどうかと思う(希望が持てない数値はある)が、どちらでもない人も7割が希望を持っているのだ。モテるかどうかは希望と関係ない人の方が多いのだ。また、この程度の希望格差は昔からあったようにも思え、昔のデータと比較できないとのでなんともいえないが、モテ格差があたかも最近の社会現象であるかのように取り上げるのは、実証的でない。 ・また、お定まりのアンケートであるが、これもどういう基準で選んでいるんだろうか、文章の主張に合致し、それなりに読んでおもしろいものを恣意的に選んでいるのではないだろうか。 もう、いい加減に安直な本で、格差を食い物にするのはやめてほしい。この本を読んで、真に受ける人はいないと思うけど。 本書を読んでいくら三浦氏の主張に賛同しても非モテは非モテである
著者の三浦氏によると最近の若者はもてるかどうかを異様に気にするという(私の実感では若者だけではないが)。これは人間関係のあり方が変容していることが大きいのだろう。
かつてブ男でも結婚できたのは真面目に働いていれば収入が増え、終身雇用が約束されているという幻想が維持されていたからである。 ところがその幻想が名実共に壊れた現代、昔はそれはそれで敬意を抱かれてもいたこつこつやる人間など非生産的で役に立たないくずである。 他人と他人を結び付ける社会も崩壊した。 その時人々が他人を測る物差しもは、誰に見ても明らかな交換可能な価値、すなわちルックス、経済力、話術の3つだけとなった。若者がもてるかどうかを気にするのはその証左である(これはアラサー、アラフォーと呼ばれる結婚適齢期を過ぎた人々が「婚活」において重視する要素と符合していやしないだろうか?CS某番組で恐山院代の南直哉氏が市場経済の人間関係への逆流というような表現をしていたのが私の心を捉えて放さない)。 そして本書を読むにつけ、この3つはどうも相関関係があるということらしいのだ。 (例:非正社員は経済的に不安定である上に、スキルアップの機会を奪われているため、本来年齢と共に身につけることが可能であったはずの「生きた証としての顔」も存在しない)。 他の方のレビュー通り、第7章の三浦展の主張まで引っ張るために、だらだらとデータの羅列や、複数人によるエッセイ風味のお話が続くのは確かである。恐ろしく現代的で興味深いテーマを扱った本書であるが、いささか上滑りの感を否めず、やや手応えのない内容だったのは確かである。 本書が私に教えてくれたのは非正社員の非モテ女子も受難の時代であるということだ。正社員のモテ男子はリスクを回避して正社員のモテ女子とくっつく。あぶれた非モテ女子はそれでもモテ幻想を捨てきれず非モテ男子とくっつくことはない。単なる経済的理由だけではなく我々がいかに固定観念に縛られて不自由となっているかを改めて見た気がする。 さて、最後の三浦氏の主張だが、実現不可能なある種の空しさを感じてしまった。 それほどまでに現代は何かしら生きにくい世の中になったということなのだろうか?セーフティネットを張りさえすればどうにかなるといったレベルではなく、何かが根本的に欠けてしまったように感じるのは私だけだろうか? 世の中、甘くない
友人の子息がなかなか結婚しない、困った困ったという話を聞くにつけ、また、
現在の少子化を憂えるあまり、こういった本を連続して読んでいます。 本書を読むと、日本社会の病んだ状況がよく分かります。 結局、世の中二種類の人間しかいないってことです。 つまり、「自由恋愛人」と「非モテ人」です。 自由恋愛人は、所謂、それが可能な、異性にモテる人たちです。 このグループに属する人たちは、たとえ結婚しても不倫とかして、非モテ人の 相手探しを妨害します。また、独身の自由恋愛人は、男女に関係なく 常時複数の交際相手を独占し、非モテ人の相手探しを著しく妨害します。 非モテ人は、文字通り、異性にモテない人たちです。 とにかく彼氏(彼女)が欲しいので、必死に婚活とかして頑張りますが、 サッパリ恋愛市場に参加できません。つまり、モテないから、結果が出せないのです。 かくして、世の中が極端な恋愛至上主義になると、モテと非モテの二極化が進み、 モテない人は大量淘汰、人口激減になっちゃうわけです。 これの善悪のほどは、全く分かりません。人口減少のほうが地球環境に やさしいとも考えられるからです。 要は、この本から分かることは、人間誰しも欲の塊で、 世の中決して甘くないということではないでしょうか。 日本社会の恋愛の現実を厳しく捉えている点、著者の独断もありますが、 良く書かれています。よって、星5個とします。
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