教育と平等―大衆教育社会はいかに生成したか (中公新書)
教育と平等―大衆教育社会はいかに生成したか (中公新書)を見てみる
クリエーターは「苅谷 剛彦」です。 この商品を買った人は他にも「大学の誕生〈下〉 (中公新書)」、「戦後世界経済史―自由と平等の視点から (中公新書)」、「大学の誕生〈上〉帝国大学の時代 (中公新書)」、「新しい「教育格差」 (講談社現代新書)」、「音楽の聴き方―聴く型と趣味を語る言葉 (中公新書)」、などにも興味を持っています。 知的複眼思考法―誰でも持っている創造力のスイッチ (講談社プラスアルファ文庫)
レビュー ![]() 物事は複数の力(ベクトル)の集合体である
ふだん私たちは、一つの現象、問題を、その一面だけを見て判断していることが多い。著者はそれを「単眼思考」と呼び、そのような思考では世間で一般的に信じられている常識、いわゆる「ステレオタイプ」による思考にしばられてしまい、物事の多面性をとらえられないこと、そしてついには思考停止に陥る危険性があるとしている。
そこで、そのような思考に対して、物事を多面的にとらえる「複眼思考法」を修得することが、「ステレオタイプ」から脱却し、「自分の頭で考える」方法だとしている。 そしてこの本では、その複眼思考の方法とは何かということを、読書や作文において、また日常の様々な問題において、具体例を用いながらわかりやすく解説している。 著書には、この本はいわゆるハウ・ツー本ではないと書かれている。ただ、実際に読んでみた後、あらためて身の回りの様々な問題を考える際に、「複眼思考」ということに非常に意識的になり、いままでと違う考えで言葉やものを見ることができている。たとえば、いままで気がつかずに、意味もよくわからず使っていた言葉(マジックワード)の害、それによって自分が知らず知らずのうちに思考停止に陥り、単眼思考になっていたことなどを筆頭に、他にもいろいろな発見があった。 大学生であればレポートを書く際には「複眼思考」は欠かせないだろう。 また、社会人であれば企画書やプレゼンに役に立つだろうし、主婦であれば子供の 教育などで応用できるだろう。 確かに、そのまま使って何かに役に立つというハウ・ツー本ではないのだろう。 しかし、人間の生活に欠かせない、「考える」という活動の基盤に、この「複眼思考法」 は必要不可欠であり、そのことについて、具体的にせまっていく本書は、すべての 「考える」人にとって必読書となるだろう。 就職前によみたかった本
常識を疑え、物事を多面的に見ろと説く
そうすることで、創造力が身につくという 就活・就職前に読んでおいた方がいい 「比類のない」本
自分で考えるということの内実や具体的な方法論について、「通常語られることのないレベル」まで踏み込んで語っている本である。この水準で議論している本を、少なくとも私は過去に読んだためしがない。その意味で「比類のない書」である。ものごとを自分で上手に考えられるようになりたいと強く願う人は必読といえる。考えに詰まったときに、手元にあるときっと助けにもなるだろう。
ただ惜しむらくは、常々参考にする本として考えたとき、やや無駄が多く、使い勝手も悪い。ぜひ「数学」や「物理」などの参考書のように、「思考」の参考書として、コンパクトに体裁を整えて、より多くの人が手に取りやすいような形で、再び世に出してほしいものだ。 (老婆心ながら……、「知的複眼思考」というネーミングのセンスはいかがなものかと思うのは私だけでしょうか?) よりよき社会のためにこそ必要とされる思考
大学のゼミで、あるいは会社の会議で、「ではあなたの意見は?」と聞かれて、満足に答えられなかった経験がある人は少なからずいると思う。かくいうボクも、自分の意見を述べることが大の苦手で、うまく答えられないそのたびに、「ああ、自分はなんてダメなやつなんだ」と深い自己嫌悪に陥ったことが数知れない。
そのような経験をするたびに、「ああこれじゃあいけない」と思いつつも、では具体的にどうすればいいのか、あれこれもがきながらも、たいして進歩のないまま、イタズラに時間だけが過ぎてきたような気がする。 この本は、そのような悩みを持つ人のために、「自分の頭で考える」ための方法をできるだけ具体的に、しかもわかりやすく伝えることを目標に書かれた本である。 全体の構成は、大きく二つに分かれる。前半が、自分で考えるための基礎トレーニングとしての批判的な本の読み方、および文章の書き方。後半がその実践編。常識にとらわれた単眼思考ではなく、それを相対化する視点、複眼的思考の大切さ、それを具体的にいかにして身につけていけばいいのか、実例に即して、かなり具体的に述べられている。 参考になった点は多い。いくつか例を挙げてみる。 批判的読書のためには、著者の前提を探ることが大切であること。「疑問」は「感じるもの」、「問い」は「立てるもの」であって、疑問のままで終わってはいけないこと。「問い」はブレイクダウン、つまり細かく分けた方が考えやすいこと。個々のケースから概念レベルまでさかのぼって考えれば、思考の射程が広がること。知識は使いこなすためにあるもので、知らないからわからないというのは、知識の使い方を知らない、つまり考える力のないことを露呈するものであること、などである。 この本はその内容から、文書や口頭で自分の意見をまとめる必要性に迫られた大学生あるいは社会人にとって、かなり役に立つと思われる。 しかし、「複眼思考」は、そのような場合に限らず、行政やマスコミに対し、「市民」としての役割を果たすために必要だ、という著者の主張も忘れてはならないと思う。 「人の意見に無批判に従ってしまう、というのは、「無益」であるだけならよいが、社会のあり方として捉えた場合、それは「有害」でさえある」―――「複眼的思考」を身につけて欲しい、という著者の主張の背後には、このような考えがある、という気がしてならなかった。 本書から得たもの
ある事象の因果関係を考察する上で、ただ一つの視点からの説明に満足せず、その事象に関連する複数の視点から捉えようとする。
例えば、「なぜ男性会社員の育児休暇の取得率は低いのか」という問いがあるとします。この問いに対する答えとしては、上司の視点から、「上司が男性会社員に圧力をかけるからだ」というものがあるかもしれません。しかし、男性の育児休暇取得における当事者は会社ばかりではなく、他にも男性会社員自身の視点から、「男性は相変わらず仕事好きの人間が多く、我が子のために仕事を中断したがらないからだ」という説明や、会社の同僚という視点から、「上司が圧力をかけなくても、社内の同僚達の間で育児休暇を取ろうとしない空気があるからだ」という説明も可能かもしれません。このように、ある事象の因果関係を分析する上で、その事象に関係する当事者すべてを洗い出し、一つ一つその因果性を検証していくという思考法は、日常においても、学問をする上においても有効なものでしょう☆本書を読んで本当に良かった!
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クリエーターは「苅谷 剛彦」です。 この商品を買った人は他にも「理科系の作文技術 (中公新書 (624))」、「考えあう技術 (ちくま新書)」、「大学新入生に薦める101冊の本」、「哲学のモノサシ」、「日本人の英語 (岩波新書)」、などにも興味を持っています。 教えることの復権 (ちくま新書)
レビュー ![]() 生徒主体の授業をより良くするための本
本書は、生徒の自主性を重視することに異を唱えているのではない。『教えることの復権』というタイトルからは、生徒の自主的な学習活動をさせるよりも教師が黒板の前に立ってしっかり説明することが大切、という主張が述べられているような印象を受けるが、そうではなかった。
私は、生徒が聞いていなくても、理解できずにいても、まったく構わずに教師が一人で喋りつづけるというスタイルの授業の効果に疑問を持っていた。そのため、自分が教師となってからは生徒に自分の意見を書かせる、発表させる、話し合わせる、といった自主的な活動を重視する授業をし、その効果も感じていた。だから本書のタイトルを見たときには反感を持った一方、もしかしたら自分は重要な過ちに気づかずにいるのかと不安も感じた。 読んでみると、本書は生徒一人一人の自主的な活動を否定するどころか、むしろ重視している。ただ、そういう授業で絶対に忘れてはいけないこと、そして今、現場の教師が忘れそうになっていることを指摘してくれているのだ。たとえば以下のような大村はまのことばである。 今、生徒主体の授業をしている教師の皆さんは、本書を読んで自分の教授法が否定されるのではなく、改善できる方法を見つけられるはずである。 目頭があつくなりました
大村はま先生がなくなったニュースを聞き、先生にはじめて興味を持って、この本を手にしました。
読み進めていく中で、何度か目頭が熱くなりました。「こういう授業をうけたかった」「そうだ、これこそ知的な自立した学習者だ」。何度も気持ちが揺さぶられ、本文中で授業の様子が紹介されるたびに、先生の授業を受けられた方をうらやましく感じました。 ともすれば知識と情報の区別が曖昧になるとともに、その基本となる言葉の用い方、伝え方すら希薄になっている現代。仕事として普段いわゆる「教育」や「言語」に携わっていない方でも、普段の生活で「教える」ことの意味を捉えなおすきっかけになるのではないかと思います。 示唆や反省に富んだ本当の意味での「先生からの励まし」のような本だと感じました。 教えられないからといって、教えることを否定してはいけない
国語教育研究家大村はまが亡くなったというニュースを聞いた。ショックだった。
この本はその大村はまを交えての対談がかなりの部分を占めている。それを、授業を実際に受けた苅谷夏子と、その夫で教育学者の剛彦の書いた文章が囲む構成になっている。大村はまとはどんな人であったのか、どんな授業を行っていたのか、それは今どのような視点で語られるべきなのか、それらが一度にわかる。コンパクトで安価で、とてもお買い得と思える。 「大村はま」とは何者か、それが知りたかったら、この本が一番の近道。その上で、彼女自身が書いた文章や報告などを読むと理解も早いだろう。 教えられる教師に教えられる幸せ・わくわく感を感じた生徒が増えることを願う。 教え子との対談
大村はま先生とその教え子である苅谷夏子氏との対談集である。夏子さんは、「知的複眼思考法」で有名な苅谷剛彦氏の妻。夫の剛彦氏も、この本の最終章を担当している。
30年以上も前の石川台中学校での単元学習が再現される。しかし、それは単なる思い出話ではない。夏子さんの当時の学習記録に基づき、教えたことと、学んだことが、お二人の言葉で確認されながら整理されていく。大村先生も教師冥利に尽きるのか、とても満足そうで、また、言葉の歯切れがよくて若々しく、読んでいる方も元気になった。 夏子氏が、中学生だった自分とクラスメートたちのことを「大村教室の生徒は、学習者としてとても自覚的だった」と述べているが、これは正に、今一番大切なことで、一番欠けていることでもある。 「教えるということ」「教師の役割」「国語教育」について、目を覚まされる一冊である。 教えるということ?
教えるということに疑問を持っている人にまたは教師を目指している人にぜひ読んでほしい本です。
私は「学び」は大切だと考えています。しかし、ここでの「教えること」と「学び」は決して対立するものではありません。ぜひ自分で読んで確かめてみてください。
教えることの復権 (ちくま新書)を見てみる
クリエーターは「大村 はま」「苅谷 夏子」「苅谷 剛彦」です。 この商品を買った人は他にも「新編 教えるということ (ちくま学芸文庫)」、「日本の教師に伝えたいこと (ちくま学芸文庫)」、「優劣のかなたに―大村はま60のことば」、「教えるということ」、「教師大村はま96歳の仕事」、などにも興味を持っています。 |