日曜日の夕刊 (新潮文庫)
レビュー ![]() 重松節
良質な短編集だ.いつも思うことだが重松清は小さな男の子と中年の男性を書くのが非常にうまい.登場人物たちは実に現実的であり,奇蹟も決して起こりはしない.
私が短編集の中で特に気に入ったのが「子供は外で元気に」という固定観念に疑問を持つ子供と,アウトドアとなるとてんで上手くいかない父親のひと夏の体験(サマ−キャンプへようこそ),子供と親の寂しくも優し関係の構築(さかあがりの神様),やる側とやられる側の感じ方の相違(後藤を待ちながら),努力することの意味と価値(卒業ホ−ムラン)といった物語だ.著者はこれらを実に巧みに描いている.そして各物語に救いとまではいかなくても淡い希望を最後に示しているのも印象的だ.今後も一定の質を期待できる作家として読んでいこうと考えている. やっぱり泣けます。
重松清の作品は、どうしてこんなに泣けるんだろう。
いつも、いつだって、私を泣かせて、そして暖かい気持ちにさせてくれる。 彼の描く子供は、うそ臭くない。 みんな、ちょっとずるかったり、怠けたり、いじっぱりだったり。 でも、心の底では人を信じてるし、愛を求めてる。 彼の描く子供に、私は自分の中にある子供を重ねているんだろうと思う。 だから、彼らの気持ちと一緒に泣いたり、笑ったりするのだろう。 重松 清という作家に出会えたことは幸せだ。 「父と息子」以外の視点に注目!
大半のお話で“主人公が男の子かオジサン”と思われる重松作品にあって,
・「チマ男とガサ子」に出る“あまりの細かさゆえ付き合う女にことごとく逃げられる20代男” ・「桜桃忌の恋人」に出る“国文科なのに本をあまり読まず,ノリで太宰が好きと書いちゃう軽い男”や“太宰命のあまり,毎年入水自殺を図るエキセントリックな女” このように,いつもと若干違う視点が盛り込まれているのが特色でしょうか。 王道を行く父親と息子モノの中では「後藤を待ちながら」でしょうかね。いじめられっ子とその父親の描写が,近い将来そういう年齢に差し掛かる息子を持つ身としては切ない。タイトルが変だなーとは思ったのだけど,元ネタがあったんですね。もっと勉強しなきゃ(笑)。 日曜日に夕刊があったら
もし、日曜日に夕刊があったら、シゲマツワールドで埋め尽くして欲しい。
本書には、「うーん」という作品もあるけれど、基本的には「さかあがりの神様」など 「シゲマツ標準」(へんな言い方だけど)を逸脱する作品はない。 やっぱり、どこか琴線に触れる作品が多い。 バラエティ−に富んだ12編の作品
重松節満開の短編集12編です。
40台の男性を主人公に描くことが多い著者ではありますが、この作品集はいろいろな年齢のいろいろなシチュエ−ションの男女が登場します。 しかしながら、やはり個人的には同世代の男性の悲哀を描く作品に惹かれ、中でも ”さかあがりの神様”の暖かさに感動し、 ”サマ−キャンプへようこそ”のアウトドアで何もできない父親に自分を投影し、 ”卒業ホ−ムラン”の父親の苦悩に同調しました。 中には、サイコホラ−とも取れる”桜桃忌の恋人”と言う、重松作品には異色なものも収録されており、バラエティ−に富んでいる。 1作ずつは40Pほどですので、場所を選ばず読め、心洗われること間違いなし。
日曜日の夕刊 (新潮文庫)を見てみる
クリエーターは「重松 清」です。 この商品を買った人は他にも「小さき者へ (新潮文庫)」、「半パン・デイズ (講談社文庫)」、「きよしこ (新潮文庫)」、「卒業 (新潮文庫)」、「くちぶえ番長 (新潮文庫)」、などにも興味を持っています。 |