明日への遺言 特別版 [DVD]
レビュー ![]() 日本兵はすばらしかったということだ。
映画作品としてみました。作品としてみた場合岡田中将の静かな心の内を表現していたのであれば、全体としての雰囲気はよく作られていたと思います。戦勝国による裁判ですから、結局は有罪はハナから確定しているのです。その中で私心を捨てて部下を思い遣り一貫した主張を続けたところに岡田中将の人としての誇の在り方、潔さを感じました。
全編を通して淡淡としていましたので、娯楽としては少し退屈かもしれません。 歴史としてみた場合、冒頭の画像で南京の捏造写真と言われている写真なども見かけたので、史実としては、どこまで正しいものかどうかは分かりませんが、概論としては非常に良いテーマだったかもしれません。いわゆる大東亜戦争に於ける日本の戦犯ですが、とにかくA級戦犯をテーマにしたものが、左右の論戦のテーマになっていて、なかなかB級C級について知る機会が少なかったので、ひとつのきっかけとしてよかったと思います。 藤田以外の演技がヘタ
冒頭の実写映像がひどい、これは史実ではなかったり、説明が足りなかったりです。
重慶爆撃の映像も、まったく関係ない映像をもってきて重慶爆撃と言っているのは、この映画を作製したときにも判明していた事実です。都市爆撃、絨毯爆撃の源泉をどこにもってくるかもゲルニカ以前の問題には触れていない。ナレーターもちょっとヘタですね。冒頭から史実かどうかごちゃごちゃの説明だと(映像なだけにインパクトがあるだけやっかい)ドキュメンタリーなのか、他も部分はどうなのか??になってしまうだけに残念。 ちなみに東京大空襲の立役者であるルメイには、戦後、日本政府が勲章を授与してます。(なんじゃそりゃ) 清々しい日本人
この映画を見るまで、岡田中将のことは知りませんでした。太平洋戦争を指揮した日本人は、概ねその組織の中にいて自らの責任について自覚をしている人としていない人の2種類に分けられるように思えます。これは、戦時に関らず平時の組織人にも言えることなのでしょうけれども。岡田中将のように自らの責任を論じる人は当時は珍しかったので、後世にこの話は残されたのではないかと思いました。多くの軍人が敗戦と同時に自己保全を図ったころ、潔く清々しさを貫いた人の最後の瞬間を描いたドラマでした。殆どの場面は軍事法廷でのものです。この作品を見ていて、戦後掌を返したように日本はアメリカを受け入れますが、成るほどと思います。軍国主義、全体主義の時代を生きた人から見て、アメリカ人のもつ敗戦国の人に対しても礼節や尊厳を尊ぶ正義感、フレンドリーな微笑みなど、その後日本人が憧れたアメリカが既に見受けられます。アメリカと日本は、良い取り合わせのような気がいたします。鎌倉時代の武士は、清々しさを重んじたと聞きました。岡田中将の清々しさはアメリカの人たちの心を動かし、日本の武士道が理解されたのだと思います。
佳作だ、しかし・・・
藤田まことの渋い演技と「泣ける」という意味では佳作。他方、大岡昇平の原作を読んだ身としては、論戦としての「法戦」部分=法廷闘争における緊張感の盛り上がりが、今一つ欠けていたような気がする(贅沢な要求ではあるが)。どちらにウエイトを置くかで、評価は人さまざまではないだろうか。
これも映画です
敗戦。
元東海軍司令官・岡田資中将は、戦犯としてその罪を問われた裁判を”法戦”と呼び、 名古屋大空襲時におけるアメリカ軍B29の無差別爆撃に対して、徹底的にその残虐性を問い、法廷の場でアメリカ軍の非道さを追求した。 また、一部の撃墜されたB29の米軍搭乗員処刑の責任は、すべて指示を下した自分にあると主張。 部下を守り、信念を曲げることなくその責務を全うした。 その潔い姿は、演じた藤田まことの姿に十分に乗り移っているように見えた。 自己の信念と、その生き方。 自分は、それだけの信念を持って生きぬくことができるだろうか。 人間は必ず死ぬ。 早いか遅いか。 その時の生きざま。 覚悟。 そんなことを考えさせる映画でした。 これも映画です 映画には本当にいろいろなものがあると思いました。 楽しい映画、ギャグもいいですが、 映画って本当にいいものですね ^^
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クリエーターは「小泉堯史」「藤田まこと」「富司純子」「ロバート・レッサー」「フレッド・マックィーン」「リチャード・ニール」「西村雅彦」「蒼井優」「田中好子」です。 この商品を買った人は他にも「母べえ 通常版 [DVD]」、「チーム・バチスタの栄光 [DVD]」、「歓喜の歌 [DVD]」、「陰日向に咲く 通常版 [DVD]」、「長い長い殺人 [DVD]」、などにも興味を持っています。 事件 [DVD]
レビュー ![]() 人間界の悲喜劇が凝縮され詰められている傑作。必見!
監督は野村芳太郎。原作は大岡昇平、脚本は新藤兼人。役者もすべて超一流。これほど豪華な俳優達が一堂に会するとは。
ある時代のよくある話が事件となり、裁判となる。 裁判官は佐分利、検事は芦田、弁護士は丹波。青年は永島、姉は松岡、妹は大竹。姉のひもは渡瀬恒彦。母は音羽。証人には西村、北林、森繁。 すごいでしょう。 話は、あまりにも哀しすぎる。純粋すぎる。 みんな、法廷で真実を語らない。それぞれが秘密を持っている。 法廷とは何か。 かけひきの場。最後まで。 最後のシーンは実に見事。渡瀬と大竹のかけあい。 女は強い。 さわやかな大竹しのぶの姿。 マイリマシタ。 名優たちの演技合戦と見事な脚本
野村芳太郎監督が大岡昇平の原作を映画化した彼の代表作の一つです。当時雑誌「シナリオ」に掲載された新藤兼人の脚本は見事でしたが長大で、映画化にあたってはかなり短くされているはずですが、よくここまでコンパクトにまとめあげたと思う。
特筆すべきは出演者たちのハイレベルの演技で、裁判に関わる人間と証言者を丹波哲郎、芦田伸介、佐分利信、森繁久弥、北林谷栄らのベテランが演じ、事件関係者を松坂慶子、大竹しのぶ、永島敏行、渡瀬恒彦らの当時の若手が熱演しています。この作品の後、松坂慶子は松竹の看板女優として人気、演技力ともピークを迎え、演技の天才と言われていた大竹しのぶは助演女優賞を総なめし評価を決定的にします。永島敏行は容貌からこの後しばらくは安易な戦争大作への出演が続きますが、現代劇に戻った「遠雷」で主演男優賞を得るまで成長し、やくざ映画の準主役だった渡瀬恒彦はこの作品をきっかけに演技派へと変身します。彼らの現在の活躍の原点ともいえる名作です。 法廷シーンもあきさせないし、最後の終わり方(大竹しのぶの表情!)も秀逸
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スナックの経営者上田ハツ子(松坂慶子)が殺され、19歳の工員・宏(永島敏行)が逮捕された。彼はハツ子の妹・ヨシ子(大竹しのぶ)の恋人でもあった。やがて裁判が始まり、それとともに意外な事実が次々と明るみになっていく……。 大岡昇平の同名小説を原作に、『砂の器』などで知られる名匠・野村芳太郎監督が手がけたヒューマン法廷サスペンス映画の大傑作。事件の真実を追求すればするほど、赤裸々で哀しい人間関係が露になっていく過程が実にスリリングに、そして叙情的に描かれており、スタッフ・ワークもキャスト陣も完璧といえるほどの成果を示している。本作こそは、映像でドラマを語るとはどういうことなのかを知るための最上級のテキストであると断言したい。また、映画版より先に作られたTVドラマでも同じ役を演じた大竹しのぶは、この1作で天才女優の名声を世に知らしめた。(的田也寸志) レビュー ![]() 裁判官・弁護士・検事の掛け合いに迫力あります
なんと30年近くも前の作品ですが、今見てもびっくりする程濃い映画です。
アメリカの陪審制の映画ほどドラマチックではないものの裁判官役の佐分利信、検事役の芦田伸介、そして弁護士役の丹波哲郎(迫力ありますねー)がいい味出してます。このかけあいは見事です。 その上に、どろどろした人間関係が、オーバーラップしています。いわゆる社会派映画と人間映画の2層構造です。 一見やくざな松坂慶子や渡瀬恒彦の方が、うぶそうな永瀬敏行や大竹しのぶよりも純情なところが、人間性を見せています。 自信をもってお勧めできる日本映画の一つです。
野火 (新潮文庫)
レビュー ![]() 深すぎる
「神に栄えあれ」で終わるこの小説は、数々のメタファーに満ち溢れ、特に最終章の意味するところは「深すぎて」消化しきれないものだった。
戦場で生き残り、飢えと乾きに朦朧としながらも野火の方角へ歩き続ける一等兵がいる。一等兵は人肉で飢えを満たすという欲望に突き動かされながらも、すんでのところで踏みとどまる。神の声を聞いたため、神が宿った左手が喰おうとする右手を押しとどめたため、と彼は考える。しかし日本兵を殺して喰っていた戦友永松から、無理やり「肉」を口に押し入れられ、久しぶりの脂肪を味わってしまう。このとき悲しみながらも「左右の半身は、飽満して合わさった」と一等兵は感じる。 野火を目指して歩いたのは、そこにいるであろう人間共を懲らしめ食べたかったのではないかという。しかし彼は死後、彼が殺した者達とともに「黒い太陽」を笑いながら見る。彼らが笑っているのは一等兵は彼らを「私の意志では食べなかった」からである。 戦場で人を殺しても、知らずに人肉を食べてしまっても、自分の意思で人肉を食べさえしなければ神に赦されるということなのか。このとき「自分の意思で人肉を食べない」ということは何かのメタファーなのか。 当分脳裏に留めておかねばならない気がする。 人間性を超えた生命力の凄まじさ
本書は、生還率3%と太平洋戦争中最も苛酷な戦場となったレイテ島において、
実際にあったと言われる兵士同士の人肉食いがテーマとなっている。 こういう事態が起こった背景には、補給を殆ど無視した軍の無謀な作戦によって 多くの兵士が飢餓状態に陥ってしまったという事実がある事を一応指摘しておきたい。 本書で描かれた兵士同士の人肉食いを通して、 極限状態に置かれた人間が、どこまで人間としての尊厳を保つ事が出来るのか? そもそも人間性とは何かについて考えさせられる。 そして「人間はどんな異常の状況でも受け容れることが出来るものである」 という本文中の言葉から、人間性を超えた生命力の凄まじさを感じた。 文学作品としても再度棒線を引きながら熟読してみたい程、 文学的完成度の高い傑作だと思う。 死の淵で
『俘虜記』『レイテ戦記』とともに一度読んだら忘れられない作品.人が死を覚悟するとき,なお意味あるものとして見えるのは何なのか,を精確なカメラでみるように,映し出す.逃れるために,研ぎ澄まされた作者の目に映る,様々な山中の地形.その不安なパノラマの中に出現する得体の知れぬ野火.その火に向かって野を分け入ってゆくときの戦慄.
必要最小限の描写にもかかわらず,行ったことも見たこともないフィリピンの自然と地形が,フィリピンの山中の木々が,今そこにあるように,文章の中から立ち現れてくる.その地形の描写が,背後にある主人公の死の意識を照らし出すその喚起力の確かさ(hauntingという言葉はこのような経験を描写する言葉ではないだろうか).主人公の山中の彷徨を,抑制された筆で,「自然科学的に」たどる,その記述のもたらす緊張感は,何度読んでも感嘆するしかない.傑作. 戦中のヨブ記!
大岡さん自身、青山学院時代に
キリスト教に傾倒していた頃があり、それがよく作品に表れています。 神について、外国と同じように論じることが目標だったと インタビューで述べていましたが、随所にキリスト教を彷彿とさせます! 大岡さんも、実際にフィリピンに行っているので、 祖母の兄も、このような中で死んでいったのかなと悲しくなりました。 体験を背負って記述されているので 物語でも真実がこもっているように思います。 生死をかけた中で、昔の女性を思い出したり、 子供時代に通った教会と聖書の言葉を思い出し、 神の呼びかけを聞こうとしても、神は沈黙したまま、 何か道しるべを見出そうとする様子は、絶品でした。 まさに、戦中の日本人によるヨブ記という感じです。 実際、この本の冒頭で、聖書の引用が使われている点にも注目です。 日本人として誰もが一度は読むべき本
太平洋戦争で召集され、敵地で捕虜になりながら脱走して復員してきた叔父に戦争中の話を聞かされたことがある。その叔父も故人となり戦争体験を直接話してくれる人も周囲には殆どいなくなった。
政治家や軍人から見れば、避けられなかった戦争かもしれないし、彼らなりに大義名分が有ったのかもしれないが、戦争の進め方、終わらせ方が褒められたものでなかった。 ましてや、召集され、戦地で国家から死を強制された一般の国民にとっては、おきてほしくなかったものだった筈だし、今後も戦争は二度と起きてほしくないものだと思う。 物語は、一兵卒の戦地での絶望的な話だが、薄っぺらなナショナリストたちの被害者・加害者論や、表面的な善悪論などを遥かに超えた、極限状態での人間の精神の普遍性を見事に描ききった貴重な文学作品だと思う。 戦争や飢餓が遥か遠くのものになったと思い込んでいる若者や、好戦的な態度が普通の国家などと主張している自称文化人は、今の時代だからこそ本書を読むべきだと思う。
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レビュー ![]() 公正かつ冷徹な視線
本作の最大の強みは、筆者のレイテ戦に対する徹底して公正かつ冷徹な視線にある。戦後の日本の専門家にありがちな、日本軍の戦い方を一方的に糾弾するようなことは一切ない。これは、筆者がフィリピン戦役に従事し捕虜にまでなったこと、そして本書が書かれた時期(まだまだ旧軍に対するアレルギーが強烈だった頃)を考えると、驚異的ですらあるのではないか。ともすると、ミッドウェーあるいはガダルカナル以降の太平洋戦争は米国の一方的な勝利だったと記述する書物が少なくないが、本書は米国の資料をふんだんに使用しつつ、米国もまた厖大な犠牲を強いられていたことを明らかにしている。
ただ、本書は戦記であるとともに、資料としての性格も強く持つ。筆者が入手した一次資料(作戦命令など)を全文引用している箇所も少なくなく、冗長な印象は否めない。不要なところは読み飛ばすなど、メリハリのついた読み方が必要だと思う。 補給を絶たれながらも必死に戦う
この巻ではリモン峠の戦い、兵員、資材を輸送するために取られた海陸空共同の「多号作戦」、無謀なブラウエン攻略戦、必死に抵抗するダムラアンの戦い、米軍に逆上陸されたオルモック湾の戦いなどを描いていく。
戦力差はいかんともしがたく負け戦の連続なのだが、その中でも正直すぎるくらいよく戦った部隊のあったことを著者は丁寧に調べて残そうとし、特攻隊の記録も戦果を挙げられなくとも記している。
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レビュー ![]() 力作だが読み方に工夫が必要
本書は大岡昇平が全精力を注いで書き上げた力作である。自身の出征経験や日本の軍人の当時の日記及び戦後に書かれた回顧録、さらには米側の資料をも読み込んで、レイテ戦の詳細をとことん明らかにしている。戦史好き、特に軍の作戦などに詳しい人にとっては堪らない書物だと思う。また、戦場の描写の合間に見られる戦争についての筆者のコメントはどれも含蓄のある金言ばかりである。
ただ、本書は読者を楽しませようとすることよりもむしろ、レイテ戦争の真実を明らかにすることを念頭において書かれており、余りに細かい話が多すぎるのもまた事実である。部隊や軍人の名前が無数出てくるし、地図や表も少なすぎるので、本書の進行を理解するのは容易ではない。余程の物好きでないと、上中下全部読み通すのは難しいと思う。幸い、文章自体は大岡昇平らしい明晰な文体になっているので、細かな話はスキムし、随所にある金言を味わいながら読み進める、というのが一般の読者向けの読み方だと思う。 不朽の戦記文学
元々フィリピンではルソン島において米軍と決戦する予定で、レイテで戦うことにはなっていなかった。なのに「台湾沖海戦」大勝利の誤報を真に受けた大本営が山下奉文司令官や武藤章参謀長の反対を押し切って挙行したのがレイテの戦いである。
このにわか仕立てに決定された作戦の結果、無意味に死んでいった兵士がいると著者は書いた。しかし、たとえその死が無意味であったとしても、夫や息子がどこでどういう風に死んでいったかを遺族は知りたいと思うだろうし、死んでいった兵士も知って欲しいと思うだろう。 著者は自ら事実と判断したものを出来るだけ詳しく書いて75ミリ野砲の砲声と38銃の響きを再現したいという。それが戦って死んだ者の霊を慰める唯一のもので、そしてそれが著者にできる唯一のことだからと。 上巻では主にレイテ島での戦いが始まるまでの経緯と海軍の奮戦、神風特攻隊の登場、そして地上戦で最も激しい戦いとなったリモン峠の戦いを途中まで描く。 克明で分析豊かかつ兵士の目線で
資料を基にした克明な記録に加えて、「もしあの時〜だったら・・・」という分析が興味深く、どきどきしながら読むことができました。
例えば、台湾沖海戦の大勝利が誤りだと陸軍が知っていたら、レイテ島は決戦の場とならなかったろう、もしも連合艦隊がレイテ湾に突入していれば・・・というように。 日米両軍の各師団、大隊、中隊、小隊の動きがここまで詳細に記されると、戦争が局面局面での戦闘の集合体であることがリアルに実感でき、手に汗を握ります。そして律儀に並べられる各戦闘での死者、負傷者数が単なる数字ではなく人間一人ひとりなのだと感じます。 『俘虜記』『野火』と読んできて、大岡氏はてっきり厭戦思想の持ち主かと思っていたのですが、単純にあの戦争を全否定するのではなく、よく戦った兵士達を賞賛しています。例えば神風特攻の若者たちにはこのような言葉を贈っています。 「想像を絶する精神的苦痛と動揺を乗り越えて目標に達した人間が、われわれの中にいたのである。これは当時の指導者の愚劣と腐敗とはなんの関係もないことである。今日では全く消滅してしまった強い意思が、あの荒廃の中から生れる余地があったことが、われわれの希望でなければならない。」 とにかくすごく調べている
とにかくすごく調べている本。小説、ってなっているが、明らかに戦記ものだと思う。
「あんまり軍人が出鱈目を書き続け」ているのが執筆の動機らしい。「旧軍人の書いた戦史及び回想は、このように策を加えられたものであることを忘れてはならない」と手厳しく批判し、日米のあらゆる史料を全て調べ上げ、ウソを見抜こうとしている。しかし、あくまでも一兵士としての視点を保ち、死んでいった兵士たちへの鎮魂の想いだけが際だっている。その鎮魂の対象には、米軍の兵士も含まれる。 個人的に面白かったのはいわゆる「栗田艦隊謎の反転」の見解。一般的には「現在でも謎」になっていると思うのだが、「栗田艦隊の戦意不足、レイテ湾に突入の意志の欠如」と結論づけている。ま、疲れていてやる気がなかった、ということなんだけど、なんか身も蓋もない気がする。 我が座右の書です。
学生のときに暇にまかせて読み通してから十数年。毎年一度は通読している。日本帝国陸軍の無責任体系といわれる組織構造、作戦立案に見られる日本人の思考方法、非合理な玉砕精神を可とし、合理的な慎重論を怯懦と罵る。下っ端の会社人間としては、「日本人の組織というのはどうして今も昔もこうなのだろう」と軍隊と会社との酷似に暗然とする。「レイテ島の土はその声を聞こうとする者には聞こえる声で、語り続けているのである。」(エピローグ)我々は謙虚に耳を傾けて来ただろうか?あの戦争から何かを学ぶことができたのだろうか?この本は常に我々に問いかけるのだ。
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クリエーターは「大岡 昇平」です。 この商品を買った人は他にも「レイテ戦記 下 中公文庫 A 33-4」、「レイテ戦記 (中巻) (中公文庫)」、「俘虜記 (新潮文庫)」、「野火 (新潮文庫)」、「事件 (新潮文庫)」、などにも興味を持っています。 |