カンゾー先生 [DVD]
戦時下の岡山県で「開業医は足だ」をモットーに診療を続ける赤城風雨(柄本明)は、どんな病気も肝臓炎と診断してしまう「カンゾー先生」と呼ばれる医者。「このままでは日本中に肝臓炎が蔓延し、国が壊滅してしまう」との危機感を抱いた彼は、診療の傍ら肝臓炎ウィルスの研究に精を出す。そんな折り看護婦として雇われているソノ子(麻生久美子)が、負傷した脱走兵・ピート(ジャック・ガンブラン)を診療所に匿ってしまう。 今村昌平監督の作品は人間の生き様を鋭く洞察するその視点から、やもすれば陰湿な作風になりがちだが、本作に関しては、からっとした爽快な作品に仕上がっており、戦時中という時代を生き抜いた人々の滑稽さと大らかさを巧みに描いている。イマヘイ監督、撮影当時72歳という年齢が信じられないほどの軽快な演出に加えて、「日本人全員の頭が肝臓炎になってしまう」といった鋭い社会批判まで盛り込む絶妙なバランスは、前作「うなぎ」から脚本に参加している、子息の天願大介の手腕も生かされていると見た。(斉藤守彦) レビュー ![]() カンゾー先生の戦争観が興味深い
二つの場面が印象的だった。当時の日本人のメンタリティをよく表しているからだろう。
○肝臓炎の治療のためのブドウ糖の支給が減らされそうとするのに、赤城風雨医師が抗議するとき、肝炎治療の重要性を縷々説いたあと、「畏れ多くも天皇陛下の…」と天皇の名において役人を説得しようとする場面。 ○鳥海外科医に「わしも軍部のやり方には不満だが、始まってしまった戦争じゃし」とつぶやく場面。 常に患者のことを思いつつも一瞬名誉に眼が眩むという赤城医師は人間臭さを備えた職業モラルの高い人だ。それでもあの戦争を否定してはいなかったんだということが新鮮な驚き。軍部に反発するのは人の健康に反するようなことを押し付けられるときであり、戦争そのものが理由なのではない。始まってしまったとき歯止めをかけられる人などいないのかもしれないと思う。 ぜひ先生と呼ばれる人に見てもらいたいです。 はいっ ^^
以前みた映画だった。
ハリウッド映画と違う日本の映画。 性におおらかで、人生を謳歌し、 そして時代の逆境にしぶとく生きる。 そんな日本人を見せてくれた。 医療に携わる人に見てもらいたい。 NO.111「か」のつく元気になった邦画2
<元気コメント>
生と性。 人にとってはいずれもかけがえがない。 (走り回る医者カンゾー先生とそれを囲む一筋縄ではいかない登場人物たち:世良公則=モルヒネ中毒の外科医、唐十郎=生臭坊主、松坂慶子=料亭の後家、麻生久美子=売春看護婦ソノ子) 懐かしい“重喜劇”のにおいがー
路地を疾走しまくる初老の医者、淫売、アル中の坊さん、モルヒネ中毒の医者―本人たちは必死でも、どこか笑いを誘うキャラ達―。 ちょっと軽めだけど、今平監督の出発点、“豚と軍艦”あるいは“にあんちゃん”を髣髴とさせる、あの重喜劇が帰ってきたーと言う思いがこみ上げてしまいました。 思えば“神々の深き欲望”以降の今村昌平は、実証主義にこだわるあまり、こういった、庶民のおおらかさをのびのびと謳いあげる作風から遠ざかっていたと思います。 女のモンペを旗にして去っていく鯨も大笑いです。 “うなぎ”で2度目のカンヌ・グランプリを受賞し、名実ともに世界の巨匠となった今平さんがリラックスして作った快作―と言う感じです。
“お前は激しい女じゃのう” “サヨナラだけが人生だ” “うちはバクテリア(つまり人間というよりは生物)じゃけん”などなど、まさに今村昌平の軌跡そのままの名セリフが出てきます。 さらには原爆のきのこ雲まで―。 これはまさに今村昌平大全集といった感じの作品でした。 元気の出る映画!
昭和20年の混沌とした時代背景の中で軽妙に人間模様が展開されていく…
際立っているのが何といっても体当たりで頑張った麻生久美子ちゃんの演技でしょう♪ 卑猥ではないのにエロチックな場面が、そこかしこに散りばめられていて素晴らしい作品に仕上がっています。人情味あふれる内容の中にピリッと効かせたスパイスのような麻生久美子ちゃんのHなシーン! 理屈ぬきで楽しめます♪ ぜひ、ご覧になって下さい。
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クリエーターは「今村昌平」「柄本明」「麻生久美子」「世良公則」「松坂慶子」「坂口安吾」「天願大介」です。 この商品を買った人は他にも「贅沢な骨 [DVD]」、「ひまわり [DVD]」、「Short Films デラックス版 [DVD]」、「eiko[エイコ] [DVD]」、「カンゾー先生 [DVD]」、などにも興味を持っています。 桜の森の満開の下 [DVD]
レビュー ![]() 不思議ワールドへようこそ
旅人を襲った山賊は女を手に入れるが、その美しさに魅せられ女を満足させるため無理して都会に住んだり、人を殺して切り落とした首をあたえたりすようになる。最初は力と暴力で自分の物にするつもりだったのに、女のペースにはめられ抜け出せなくなり、哀れな最後を迎える事となる。これは時代劇とは全く違う、独特な感性の世界で岩下志麻演じる女が本当に人間なのか、いつの時代でドコの話なのか全然分からないし(知っても意味無いし元々設定もないだろう)あまりに現実味が無く誰かの妄想を覗いているような不思議な気分です。”桜の下には死体が埋まってる”とか”人を狂わせる”とかダークなイメージもある桜を使って、狂気の世界を表現するラストあたりになるともうすっかり訳分かんなくなってて、でもそれでいい、何かハッキリした答えなんかなくてもいいや、って気になります。
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クリエーターは「篠田正浩」「若山富三郎」「岩下志麻」「伊佐山ひろ子」「坂口安吾」「富岡多恵子」です。 この商品を買った人は他にも「紀ノ川 [DVD]」、「丑三つの村 [DVD]」、「現代ポルノ伝 先天性淫婦 [DVD]」、「女囚さそり けもの部屋 [DVD]」、「不良姐御伝 猪の鹿お蝶 [DVD]」、などにも興味を持っています。 白痴 [DVD]
マスメディアに務める青年・伊沢(浅野忠信)が、白痴と称されながら隣に住む女性サヨ(甲田麻也子)といつしか心を通わせていく。坂口安吾の同名小説を、ヴィジュアリストの手塚眞が特撮とCGを駆使して映画化。伊沢の住む家屋やその近辺は戦時中の雰囲気で、一方マスメディア(TV局)のセットはサイケな未来タッチと、あたかも舞台をパラレルワールドとして捉え、やがて訪れる世界の終末を、製作当時の世紀末日本の思想とも重ね合わせていくという、実験的手法が至るところにみられる意欲作でもある。クライマックスの空襲に始まる崩壊スペクタクル・シーンは圧巻。また、その後の展開はどことなく『新世紀エヴァンゲリオン』風? ヴェネツィア映画祭ではデジタルアワードを受賞している。(的田也寸志) レビュー ![]() 手塚眞ファンにはいいだろうが、安吾小説のファンには退屈
冒頭の、爆撃された瓦礫の中でのモデル撮影で、ああこんなのにしちゃって、とまず失望した。
その後のスタジオセットの部分はもう完全にゴミだ。 なんでこんな退屈な映像を、こんなに混ぜてしまったんだろう。 もっと原作をただ忠実になぞるような進行で良かったのに。 後半の、部屋に逃げ込んできた白痴の女と井沢が過ごす時間の描写がとても良いだけに残念である。 最高の出来
映像は凄くいいですかなり綺麗 江戸時代なのか現代なのか明治なのか解らない時代設定も
面白かったです これいくらで撮ったのと思うぐらいすごい映像表現の素晴らしさ キャストも浅野忠信や草刈正雄と超豪華です 間違いなく最高傑作 雰囲気が好み
とてもいい映画だと思いました。
雰囲気や色使いが綺麗だし、話がなんとも表現しがたい・・・ 「作品」として本当に感動しました。 ところどころのCGが現在の技術があったら・・・と見て思ってしまう2005年現在ですが(汗) 難しい言葉を聞き流してしまったので、是非原作も読んで深く知りたくなりました。 意外にアンゴしていた。
いや、意外にアンゴしていたよ。うん。手塚真ってさぁ、けっこうケレン味のある映像作家でしょ? だから、まあ、この作品に関しても観る前は結構心配していたわけ。「大丈夫なんだろうか?」と。でもまあ、実際に観てみると、それは杞憂だとわかったけどね。アンゴから土着的な部分を抜いて、まではいわないにしろ、かなり薄味にしてかわりにオリジナルでアバンギャルドな世界を背景として設定、話の枠組みやシュチュエーションはきちんと原典を踏んでいる、というアレンジは、細部までを含めてギチギチに原作に忠実であるよりは、かえってアンゴのエッセンスを濃く感じさせて、かなりいい仕上がりになった思う。
それにしても、原田芳雄や藤村俊二がアンゴ的な世界にこんなにハマルとは思わなかっち やっぱすごいぞ、手塚眞
ビジュアリストを名乗るだけあって、セットや大道具・小道具に見せる手塚眞監督のこだわりはさすがにすごい! この人のホラービデオは怖かったものなぁ。これらも近日DVDになるようなので、結構結構。
さて、戦中になんでTVとカラー放送があるのかというシュールな設定は措いといて、アイドル銀河(橋本麗香)とプロデューサー(原田芳雄)はキレてました。甲田益也子さんのサヨは嵌りすぎ。俳優陣の演技は言うことなしです(TV局の重役役で出ているのは筒井康隆?)。ただ一点、天地真理が気持ち悪かったので(個人的な好みです)、惜しいなぁ、1ランクダウン。
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クリエーターは「手塚眞」「浅野忠信」「甲田益也子」「橋本麗香」「草刈正雄」「藤村俊二」「あんじ」「坂口安吾」です。 この商品を買った人は他にも「PiCNiC [DVD]」、「地雷を踏んだらサヨウナラ [DVD]」、「白痴 (新潮文庫)」、「地球で最後のふたり プレミアム・エディション [DVD]」、「[Focus] [DVD]」、などにも興味を持っています。 堕落論 (新潮文庫)
レビュー ![]() 鋭い言葉が胸を刺すエッセイ集
私の貧弱な語彙と文章力では、本書の魅力を伝えることが出来ません…。一度、読んでみる事をおすすめします。「堕落論」は約60年前に書かれたエッセイですが、現代人こそ読むべきでしょう。
「人間。戦争がどんなすさまじい破壊と運命を持って…。」ここからラストまでの部分が特に印象的です。なるほど、そういう考え方もあるのか、と納得させられました。 ほかにも、名エッセイが満載です。一見ひねくれている様に思うかもしれませんが、安吾は常識人だったと言えるでしょう。 また、彼は他の無頼派と呼ばれる作家の中で、最も「生きる」ということに熱心な作家だったと思います。それは、例えば同じ無頼派の太宰治の作品と読み比べてみれば、よく分かると思います。 現代に生きる人すべてへ
坂口安吾の「堕落論」は、現在において尚、むしろ更にその輝きを増しているのではないか。
わたしもそれに衝撃を受けたひとりであって、愚にもつかない観念を創出して、安心しようという心の動きにこれでもかとばかり釘を刺されたような気持ちになった。今も尚釘は刺さったままである。 例えば、宗教。それは作り出された倫理に従うという行為。安心が出来る。 安吾は「不安になれ」という。宗教も地位も、社会的に認められた(すがりつける対象としての)価値観を全て投げ出してしまうこと、それが「堕落」するということだ。後には丸裸の自分自身と、それを取り巻く世界――それはサルトルが「嘔吐」したような、丸裸の――が残る。 そうすることで、新たな世界が見えてくるのだ。更に、剥き出しになった世界に触れたときにこそ真の感動があるのだと安吾は言う――彼が、停泊する戦艦や、五輪書以前の宮本武蔵に感動を覚えたように。 現代社会は、学歴や、地位など、雑多な「自明なる」価値観に縛られている。安吾の生きていた時代よりも、尚のこと強く無意識裏に蔓延しているのではないだろうか。だからこそ、ぼんやりと日々を何の気なしに過ごしている人には、ぜひ読んで欲しい一冊である。人生観が変わるほどの衝撃が、わたしにはあった。そして、強く生きねばならないと思うようになった。堕落の道は、怠惰の道ではない。興味をもたれたならば、一読されることを薦める。 真実を生きよ
堕落論は二十歳のころ読んだでしょうか。そのころ夢中になって坂口安吾を読みました。
生きよ、堕ちよ、堕落せよ、という言葉の中に、見せ掛けでない真実の自分を生きよ、ということが伝わってきて感動したのを覚えています。それが三十数年前、ほぼ40年近く前のことでした。今でも安吾の本がたくさんの方に読まれているのは嬉しいです。でも私は25歳のときには、安吾を卒業していました。別に嫌いになったわけではありません。好きなまんまなのですが卒業したのです。22、3歳のころ維摩経(紀野一義 著、大蔵出版)という本を読みました。これは衝撃的でした。戦争中、不発弾を1752発、危険を承知で一人で処理した男の物語です。 維摩経はもちろん仏教経典です。しかし、この本は経典を単に翻訳したとか、解説したというようなものではありませんでした。著者は東大印度哲学科卒です。経文の説明もしていますが、この本のただならぬところは、著者がいたるところに織り交ぜた、人の愛情(なさけ)の物語と言えば良いでしょうか。何度も慟哭しました。 そして25歳のとき、ふと思いました。自分が16歳から、5、6年間夢中になって読んできた安部公房や安吾や魯迅などを卒業して、今、この維摩経の著者に出会った。そして、またいつかこの著者を卒業するのだろうか。でも、もし今度卒業したとしたら何かとほうもなく寂しい様な気がしました。 そして、現在、卒業はしていません。今、他に、好きなのは隆慶一郎、中島敦です。 安吾を読まれる方がこれらの本をどう感じられる出しょうか。 真摯に生きる、その道筋。
天皇制、武士道、あるいは処女的存在への憧憬。
いずれも日本人が、各々の時代の(潜在的な)要求に応じて歴史的に構築してきたシステム、あるいは精神のカタチであり、同時に今なお我々を魅了し続ける「美」でもある。 安吾は、これと同質の美に魅了された戦中戦後の自らの刹那的経験を語り、その上でこうした美を、儚き「幻影」に過ぎぬと位置づける。決して堕ち「きれ」ない人間存在が安らぎを求めて無意識的に創り上げた、心地良き精神のクッションに過ぎぬと。 しかし安らぎのクッションも、自律のための規範も、結局のところ人間には必要なモノなんだろう。 でもそれは、「自分で」探さなければ。 共有の抽象概念がそのまま自分の相方に収まってくれるのなら、誰も苦労はしないのだ。 そのためには幻影に浸ってみても話は進まぬ。なれば「堕落」という現象の中に「生」の強烈な(ほとんど象徴的な)ニオイがあることをまずは認識し、そのド真ん中に飛び込み、先の見えぬ荒野を彷徨う。 この、生に塗れんとする投身の道こそが、正道ではないか。 俺はそういう生き方を、自分に課してるよ。 表題作「堕落論」において、安吾は彼ならではの言葉で「生に対する向き合い方」を提示している。 パッと見奇抜な外形だけれども、決して偏った視点から論ずるのでも逆説的に展開するのでもなく、直球過ぎるぐらいに直球志向。むしろ当たり前の事を論じているような気がしてくる程であるが、曇りの無い感性によって初めて見出され、強烈な求道精神によってようやく根底が成り立つ、そんな卓抜かつ苛烈な道であったことに気づく。 しかし安吾の背中に語られる厳しさには深い人間味が伴われており、自分のようなナマケモノ類ですらナチュラルな形で魅了・牽引されてしまう、そんな不思議な説得力を持っています。 戦後、「堕ちながら生きていく」という現実に戸惑い、呑まれようとする同朋への叱咤激励。 さらに、待ち受ける大きな社会的変遷の先に…何か「生活」そのものの新生を待望する、そんな奇妙な期待感が日本全体の潜在的な空気としてあることを感じ取った筆者が、懸念して筆を執った…というのが直接的な執筆動機ではないかと推測するけれど、主題は決して時局的な問題はおろか日本人論にも納まらず、普遍的な形で「生の意味」に迫るものだと思います。 他「文学のふるさと」「日本文化私観」「道鏡童子」等、逸品多数。 堕ちれば良いじゃん!
敗戦直後、ドン底だった日本人の状態を敢えて肯定して、「堕ちるとこまで堕ちればいいじゃん!」と叫んだ坂口安吾。
人間は堕落するものだし、それを防ごうと思ったってそうは行かないし、それならいっそ堕ちて堕ちて堕ちまくれば良い。 「堕ちる」ったって、「人は無限に堕ち切れるほど堅牢な精神に恵まれていない」から、そこまでいけば人間は本質的に再生するのさ! と安吾は言う。 現代のニート諸君にも言って聞かせられる斬新さに溢れている安吾だが、戦後のぼろぼろだった頃の日本人にとっては非常に衝撃的で、活力の源となる論だったに違いない。 安吾が生きていたなら、今の日本をどう表現するだろうか? 「堕落しろ」とさえ言えなくなっちゃってたりして。あー怖い。
堕落論 (新潮文庫)を見てみる
クリエーターは「坂口 安吾」です。 この商品を買った人は他にも「白痴 (新潮文庫)」、「桜の森の満開の下 (講談社文芸文庫)」、「日本文化私観―坂口安吾エッセイ選 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)」、「肝臓先生 (角川文庫)」、「風と光と二十の私と (講談社文芸文庫)」、などにも興味を持っています。 桜の森の満開の下・白痴 他十二篇 (岩波文庫)
レビュー ![]() 観念的な恋愛が好きな人にオススメです。
安吾先生は「肉欲」とか「肉体」とか「女体」とか言うキーワードを好んでいた割に、
性愛に走るのを拒み、理想論的な恋愛をガッチリ書こうとしていたようです。 その思想は「青鬼の褌を洗う女」や「女体」「恋をしに行く」で顕著だと思います。 プラトニック・ラヴに五月蠅い方には特にオススメです。 あと「戦争と一人の女」は無削除版のほうが記述が丁寧で読み易いです。 血生臭くもうつくしい「桜の森の満開の下」「夜長姫と耳男」も読めて、 非常にお得な一冊です。 坂口安吾選集の決定版登場
安吾の純文学および幻想文学の代表作を網羅した短篇集。
前月発売の「堕落論・日本文化私観」、翌月の「風と光と二十の私と・いずこへ」とあわせて、岩波文庫3冊で安吾選集のコンパクトな決定版ができた感じだ。 分量も過不足ないし、これまでに出たどの作品集よりも純度が高い。 最新版筑摩全集に準拠した初めての文庫本なので、「白痴」や「戦争と一人の女」は無削除版であり、「風博士」は冒頭の1文から他社の文庫と違う。 あとはこれに、推理小説&ファルス、歴史小説、紀行&ルポなどで1冊ずつ作ってもらえれば、短篇選集としては完璧だろう。 この巻の収録作は以下のとおり。 風博士 傲慢な眼 姦淫に寄す 不可解な失恋に就て 南風譜 白痴 女体 恋をしに行く 戦争と一人の女〔無削除版〕 続戦争と一人の女 桜の森の満開の下 青鬼の褌を洗う女 アンゴウ 夜長姫と耳男
桜の森の満開の下・白痴 他十二篇 (岩波文庫)を見てみる
クリエーターは「坂口 安吾」です。 この商品を買った人は他にも「堕落論・日本文化私観 他二十二篇 (岩波文庫)」、「風と光と二十の私と・いずこへ 他十六篇 (岩波文庫)」、「愛と認識との出発 (岩波文庫)」、「モーム短篇選〈上〉 (岩波文庫)」、「共同存在の現象学 (岩波文庫)」、などにも興味を持っています。 堕落論,白痴 (まんがで読破)
レビュー ![]() 拍手を送りたい
「堕落論」なんて現代人が読んでも共感できるわけがないです。
なぜ「堕落論」「白痴」が戦後の国民に衝撃を与えることができたのか? それは当時の読者がまさに戦争の体験者だったからです。 本作では原作にはない戦時中の具体的なエピソードや安吾の他の随筆の要素を交えて、現代人にも非常にわかりやすく構成されています。 「堕落論」から同時収録の「白痴」への繋がりが見事で、制作担当者の努力に拍手を送りたい。 戦争を知らない世代のためにアレンジされたマンガ版「堕落論」。 おすすめです。 でも当時の戦争を知っている先輩達には当然原作がおすすめですが……。 ちょっとひどい
「白痴」も「堕落論」も<読破>というような分量ではないのですが、それなりに安吾を愛好する者としては、どう漫画化したのか気になって買ってしまいました。「白痴」はともかく「堕落論」は8,000字程度の評論ですから。
ご商売でしょうからネタをバラしたりはしませんが、いくら著作権切れだからといってもちょっとひどい改変が加えられています。「坂口安吾・作」なんてなってますが。「白痴」は脚色し過ぎだし、まあ元々フィクションですからそのへんは許容範囲内としても、「堕落論」に至っては、単にテクストをなぞるだけでは仕事した気にならなかったのか、噴飯物の設定と筋立てが加わっています。 どちらもごく短い作品ですから、興味のある人は原典にあたるべきでしょう。 1946年にこんな作品をよく書いた!
まさに現代版の小林よしのりのような内容である。
戦前の日本の美しさを虚しい美しさと言い表していて、前後のギブミーチョコレートや闇市、売春婦などの社会風刺を落ちるところまで落ちるのは人間だからしょうがないとしている。 マンガのタッチも小林よしのりに似ているため、とてもスムーズに楽しく読めた。 堕落論,白痴という題名からおもしろくなさそう先入観をもっていたが、実におもしろかった。 負の財産
安吾がみれるはずもない2000年以降の政治、日本について、約2ページにわたりぶった切る!
というどう考えてもネタ的な本。 随所に原作のねじまげがみれる。 安吾に限らず、どのコミックも最後は9、11とか政治とかが、なぜか描かれている。しかもサヨク的に。ネタなのか本気なのか? なんでラスコーリニコフが9、11の夢を見るんだ? 坂口安吾っておもしろいじゃないか!と見直した1冊
大学生の時に「堕落論」を読みましたが、あの頃は「堕落せよ」という
フレーズだけがただただ印象的で、その後12年、坂口安吾って 「人間ダラダラ生きましょう」と言ってる人だ、だらしない人だと 思っていました。 が、こうやって改めて読んでみると(マンガだけど)、坂口安吾は けしてだらしない人ではないということが分かります。戦前・戦中を 通して、人間はどう生きるべきかを考え続けた人なのですね、きっと。 白痴で描かれる人間のリアルさもおもしろいです。 相当に人間を見ている人なのでしょう。 12年前に私が坂口安吾に理解できず、共感もできず、深入りも しなかったのは、彼の書く文章がかなり主観的・観念的・抽象的 だったからだと思うのです。1946年に発表された原作に対して 時代背景も分からなかったし。けれどもこのマンガでは、 坂口安吾の言いたいことが戦争を全然知らない私たちにも 具体的にイメージできるものになっています。 彼は、政治的な体制がどうであれ、自分の好きなこと、自分の 欲しいことを明確にして生きていくことの大切さを説いている ように思いました。その反面で欲するままに生きることの害悪 も警告しているようです。 だったら、どう生きたらいいのだろう、と思いますが、それが たぶん人間の核であり、本質かなと思います。 もう一回原作を読んでみたら、本質にたどり着けるかもしれません。
堕落論,白痴 (まんがで読破)を見てみる
クリエーターは「坂口 安吾」です。 この商品を買った人は他にも「斜陽―まんがで読破」、「明暗 (まんがで読破)」、「戦争と平和 (まんがで読破)」、「銀河鉄道の夜 (まんがで読破)」、「変身 (まんがで読破)」、などにも興味を持っています。 |