カラマーゾフの兄弟 上 新潮文庫 ト 1-9
レビュー ![]() カラマーゾフ的世界を堪能!
「カラマーゾフの兄弟を読む」ということが、一つの体験だと思う。
読んでいる間、登場人物とともに時間をすごすわけだが、彼らは皆、まじめでキャラが濃く、感情表現が濃厚。現代日本の実人生においては、出会うことのまれなタイプの人々だ。 彼らと共にすごすうちに、自分の中に眠っている感情や誠実さが刺激されてくる。 一人では悩む力もない軽薄な私にとって、彼らと共に過ごした約1週間は、青春の再来ともいえるものだった。 彼らと共にいると、神をめぐる問題や、社会状況、個人の内面の問題まで、濃厚な問題が次々にあらわれてくる。 せめて読んでいる間だけでも、こういった問題を心に留めていられることも、貴重な体験だった。 カラマーゾフを読むことは、その世界に入り感じ考えるテーマパーク的な体験かもしれない。 自分の軽薄さがいやになったとき、また読もうと思う。 カラマーゾフの人々はいつでもそこにいて待っていてくれる。 最初に読んだ小説
自己啓発や仕事関連本は結構読んでいたのですが、生まれてこのかた小説をまともに読んだことがなかった私。一念発起して小説を読むことにしたのですが、どれを読んだら良いやらわからない始末。。。とりあえず有名どころで「難しそうなものが読めれば何でも読めるだろう!」という気持ちから、手にしたのがこの本。全3巻。最初の方は遅々として進みませんでしたが、徐々にのめりこんでいきました。もともと哲学は好きなので自分なりに色々と考えながら読み進めました。とはいうものの、、一回だけでは理解できていないので、人生経験を積んで改めて読み直さなければ。。
カラマーゾフの兄弟〈中〉(新潮文庫) カラマーゾフの兄弟〈下〉(新潮文庫) (2008.09.18 読み終わり) レビューが難しい
読み終えて本を閉じた後に涙が流れる、深い余韻を持った作品です。
さまざまな人物や人生、そして神、信仰、愛、憎しみ、狂気、理性、親子、兄弟、が克明に描かれています。人間の強さも弱さも気高さも愚かさも美しさも醜さも、つまり人間そのものが描かれています。 今までの自分の生き方はどうだったのだろう、これからはどう生きていけばよいのだろう、読み終えた後、様々な問いかけを自分自身に繰り返しました。少しずつ自分が変わっていくのかもしれません。 これ以上のコメントをするのは難しい作品だと思います。 これが「文学史上最高の名作」か
読み終わる頃になって、ようやく気がついた。この作品も、あるいは「罪と罰」も、文学における「ニーベルングの指環」のような存在なのだ。あるテーマ(ひとつとは限らないが)を極限まで引き伸ばす。結果恐ろしい長さで人を圧倒する。ところどころにハッとするようなことも書かれてはあるものの、それが全体の中に埋没していきやがて忘れられていく。作者は、現代人のような忙しい日々を送っている人に読んでもらうために本書を著したのではあるまい。このような長編が書かれ、また読まれる時代は疾うに過ぎた、と私は思う。
心のまこと
本書から感じさせられること。
1.どのような人にも誠実な心根がある。 2.どのような人にもプライドがあり、それが大切なものである。 3.どのような人にも神聖なるものへの憧れ、畏れ、すがる気持ちがある。
カラマーゾフの兄弟 上 新潮文庫 ト 1-9を見てみる
クリエーターは「ドストエフスキー」「原 卓也」です。 この商品を買った人は他にも「カラマーゾフの兄弟〈中〉 (新潮文庫)」、「カラマーゾフの兄弟 下 新潮文庫 ト 1-11」、「白痴 (下巻) (新潮文庫)」、「白痴 (上巻) (新潮文庫)」、「罪と罰 (下巻) (新潮文庫)」、などにも興味を持っています。 カラマーゾフの兄弟〈中〉 (新潮文庫)
レビュー ![]() 15〜20歳の青少年の教養小説
20歳前後の青少年の悩みが色々な角度から語られている。青少年向けであって30歳超の読者には新鮮味は無いかもしれない。40台の筆者はそう感じる。15〜20歳の富裕層インテリ少年を読者として想定していると思う。
苦悩の後光明をみいだすアリョーシャと、どろぬまにはまっていくドミトリー
中巻は、おおきくわけて二部ある。一つは、ゾンマ長老の死にあたって苦悩するアリョーシャ、そして二つ目は、ドミトリーの破局(完全にそうなのかは下巻を読まないとわからないが)である。
ゾンマ長老の死については、死んだ後でも聖なる人は決して死臭がただようばかりか、かぐわしい香りがすると信じられていたことに、まずカルチャーショックを覚える。で、実際、当然のことながら死臭がするのだけれど、それによって、長老制度に反対する物や、生前ゾンマ長老をよく思わなかった人たちは、生前の長老の行いについてやれこれと中傷はすれど、科学的な意見はでてこないところをみると、その時代のキリスト教の浸透がいかに磐石であったかをものがたる。なによりアリョーシャはそれにひどくショックを受けるが、彼なりに最後に悟りに似たように目が開ける。自分的には、彼は、きっと教会内部の権威やしきたりに縛られるのではなくて、社会の人に尽くすことが大事であると悟ったのではないかと思えた。ここででてくる寓話が、芥川龍之介の「くもの糸」とそっくりなのに気がついた。ロシアではくもの糸の変わりに「葱」であるところが面白い。 つぎにドミトリーであるが、この人は、今の時代的に言うと「不器用な人間」というのだろうか、社会に生きる術を身に着けることに何の価値も見出さず、自分が「高潔」だと信じる生き方を自分なりに解釈して猪突猛進に突き進むタイプであり、親父のヒョードルよりもさらにたちが悪い。彼に親殺しの嫌疑がかけられたときの「予審」の章はおもしろい。ドミトリーがなにか発言すればするほどどんどん墓穴にはまっていく。ただ、読者は、彼が犯人でないことはほぼわかっているので、いったい誰が真犯人なのだろうかと考える推理小説じみた色合いもでてくる。 「神」と「悪魔」の狭間に・・・
(上巻のレビューから続く)
そしてこの小説の「恐ろしさ」についてである。「哲学」というものは、自分の内面から湧き出てくる感情(愛情とか憎悪などのあらゆる感情)の源泉について、重ねて自らの内面に「質問する」ことによって織り成されると思う。けれど、質問というのは恐ろしいものだ。予期せぬものが起き上がってくる。この小説では、多くの登場人物が、自律的か否かによらず、この「質問」を自らに突きつけねばならなくなる。恐ろしいものが徐々に起き上がり、それを認識してゆく過程が描かれる。 登場人物たちは、この「質問」と「考察」を自らのモノローグだけでなく、他者との会話を行うことでも深く掘り下げていくが、その際、しばしば「鳥肌のたつ」ように恐ろしい瞬間が読み手を襲う。ものすごく深い絶対触れてはいけない核心のようなものが、ふと垣間見える。・・そして「狂」の存在。この小説では、「狂」とその認識についても語られていると思うが、「狂」とは、自分の中の「一種類の根源的な感情」のみによって行動論理が縛られる状態にあることを指すのではないだろうか。つまり誰でも瞬間には狂たりえるのだ。 「狂」は何も無知によって引き起こされるとは限らない。場合によっては、深く自己の内面について思索し、探求した結果、その領域に至ることもある。そこで善なるものが聴こえるはずだというのはカント的だろうか。しかし、それは外面的には「狂」となるかもしれない。この小説は、そんな恐怖を実地検分する怖さがある。登場人物たちが自己を探求するとき(そのようなシーンはしばしばあるが)自分でも、それまで考えてもみなかったような、根源的な「嫌なもの」が、しっかりと自分の内奥に存在している確かな予感を感じ、そこで、途方にくれて立ち止まるのである。その瞬間の「怖さ」は比類ない。 (下巻のレビューへ続く) ドミートリーの心の変化に釘付けです
上巻とうってかわってジェットコースターのようなスピード感あふれる急展開で物語は進む。
あまり良いイメージで描かれなかったドミートリーですが彼が今後の重要な役どころとなります。 見所満載の中巻です。 悪い人間ではないが直情型でかっとなると何をしでかすかわからぬ彼。 そんな彼はとある事件で最重要人として拘束されることになる・・・。 ドミートリーとグルーシェニカの心からほとばしる言葉が胸を打ちます。 なかでも彼の夢の中で発した言葉は静かな感動を呼びます。 今後の展開が気になりつつも彼の心変化を味わいたい本です。 人生の教科書
私たち人間の人生には少なくとも一度ぐらいは悩み貫かなければならないときが来る。
アリョーシャの場合、それがゾシマ長老の死、そしてその後の悲惨な事態だった。 そんなとき、人間は今までの信仰、理念を疑ってしまう。しかし、それには何らかの意味があるはずだ。 それを見つけたとき、私たちはその苦悩から解放される。 そのようなことがこの傑作の中巻から感じた。 さらにこの巻は物語の最重要場面でもある下巻の裁判へと繋がっていく。 この中巻が最もアリョーシャ視点で書かれているため、その多感なものの見方が非常に面白かった。 上巻は読むのに時間を要するが、中・下巻はどんどんと頭の中に入れたくなる展開が詰まっている。 上巻でリタイアしてしまった方はそこまで読んでしまったら、あとは楽なのでぜひ再チャレンジしていただきたい。
カラマーゾフの兄弟〈中〉 (新潮文庫)を見てみる
クリエーターは「ドストエフスキー」「原 卓也」です。 この商品を買った人は他にも「カラマーゾフの兄弟 下 新潮文庫 ト 1-11」、「カラマーゾフの兄弟 上 新潮文庫 ト 1-9」、「白痴 (下巻) (新潮文庫)」、「白痴 (上巻) (新潮文庫)」、「罪と罰 (下巻) (新潮文庫)」、などにも興味を持っています。 カラマーゾフの兄弟 下 新潮文庫 ト 1-11
レビュー ![]() 人間の深みは永遠である。
この本を懸命に読んだ。作者に言いたい事は如何にも心理学を使った心を開かない人だと思っている。全然面白くない。……漱石にも、その様に思っている。凡その文学者は心理学を使ったあほである。
3兄弟ミーチェ、イワン、アリョーシャは凡て、人間の様態を表している、多分に一人の人間なのであろう。ドストエフスキーが言いたい事は、カラマーゾフの兄弟イコール、一人の人間の姿である。言わずに、人間主義を貫いたロシアの作家の臭いがする。 青少年たちへの遺書
著者は、人生の終わりに、若い世代へ向けて「愛」とは何か、「愛」を大切にして欲しいと伝えたかったのではないかと思う。
人生の問題がこの本に凝縮されている
人生における重要な問題は、この本の中に凝縮されているのではないかと思う。本を何か一冊読もうと思っているのであれば、この本をお勧めする。ここまで感情を揺さぶられる本には出会ったことがない。ドストエフスキー入門ならば、
「罪と罰」のほうがよいかもしれないが。 人間の卑劣な感情を彼ほど見事に描く作家には出会ったことがない。『善』だけを語り、『悪』を語らないのであれば、それは何も語っていないに等しい。いや、むしろ弊害のが大きいかもしれない。ドストエフスキーは、人間の心に潜む『悪』(偽善、欺瞞、絶望、嫌悪、虚栄、猜疑、肉欲、嫉妬、自虐、軽蔑)を白日のもとに曝し出している。人間の苦悩が、ここに描かれている。 光文社の新訳は読みやすいが現代口語に近く、口調が軽いので、ドストエフスキーの世界観を損ねているような気がする。少なくとも、僕は好きではない。新潮版をお勧めする。僕はロシア語ができるわけではないので何とも言えないが、ドストエフスキーの英語版や仏語版なら読んだことがあるので、一応それも考慮した上で新潮版をお勧めする。 作者の思想の深さに驚くばかり
とにかく作者の思想の深さに驚くばかりです……
日本文学がこの作品、はてはドストエフスキーから受けた影響は計り知れないとよく言われますが、これは影響を受けても仕方がない。 きっとこの本が出版された当時の人々は目が醒める思いで読んでいたことでしょう。 この作品は長大なので誰にでもお勧めできるわけではありませんが、少しでも興味が湧いたら是非読んでほしい作品です。 レビューが難しい
読み終えて本を閉じた後に涙が流れる、深い余韻を持った作品です。
さまざまな人物や人生、そして神、信仰、愛、憎しみ、狂気、理性、親子、兄弟、が克明に描かれています。人間の強さも弱さも気高さも愚かさも美しさも醜さも、つまり人間そのものが描かれています。 今までの自分の生き方はどうだったのだろう、これからはどう生きていけばよいのだろう、読み終えた後、様々な問いかけを自分自身に繰り返しました。少しずつ自分が変わっていくのかもしれません。 これ以上のコメントをするのは難しい作品だと思います。
カラマーゾフの兄弟 下 新潮文庫 ト 1-11を見てみる
クリエーターは「ドストエフスキー」「原 卓也」です。 この商品を買った人は他にも「カラマーゾフの兄弟〈中〉 (新潮文庫)」、「カラマーゾフの兄弟 上 新潮文庫 ト 1-9」、「白痴 (下巻) (新潮文庫)」、「白痴 (上巻) (新潮文庫)」、「悪霊 (下巻) (新潮文庫)」、などにも興味を持っています。 |