エディターレビュー
「ぼく、コンサートピアニストになるよ」。弱冠5歳にしてそう宣言した少年は、やがて才能あふれる青年に成長し、国内外で精力的に演奏活動を展開するようになる。しかし、ある日を境にステージを退き、スタジオに閉じこもってしまうのだ――。 本書は、演奏家として稀有の人生を歩んだ孤高のピアニスト、グレン・グールドの生誕70周年と没後20周年を記念して制作された写真集である。晩年のグールドと親交の深かった音楽評論家ティム・ペイジによる前書きや、未公開写真を含む貴重なイメージの数々が、この芸術家の横顔を浮き彫りにしている。世界的チェロ奏者、ヨーヨー・マが寄せた序文も興味深い。
ほぼ時系列に収められた170以上におよぶ写真は、幼年期から晩年までを網羅している。すべてモノクロだが、映画さながらの躍動感に満ちた構成は圧巻である。愛犬と戯れる幼少のグールドや、スタジオでの録音風景、「ゴルトベルク変奏曲」を幾度となく響かせたであろうスタインウェイと主(あるじ)を失った足の短い椅子などの感慨深いイメージの傍らには、効果的にテキストが挿入されており、彼の肖像をことさら鮮やかに浮き立たせている。なかでもグールド自身による言葉の数々には、バッハ観や録音音楽に対する期待、「北の理念」などが散りばめられており、独特の世界観を心ゆくまで堪能できる。
見返し写真に、グールドの書き込み入り「ゴルトベルク変奏曲」の楽譜を象徴的にあしらうなど、随所に見られる演出が心憎い。名演奏だけでなく、人生観や「奇行」とよばれた性癖までが、今なお人々を引きつけて止まぬゆえんを、グールドに対する深い理解と敬愛をもって伝える、資料的価値の高い1冊である。(丹羽 庸)