カント ブックシェルフ テーブル (designed by パトリック フレイ & マークス ヴォーゲ)
広々としたデスクの奥へは、数多くの本や書籍を容易に収納出来ます。 また、そのシンプルな脚は、広々とした脚を確保します。 ナルミ カントリーガーデン ティータイムセット
ナルミ●大皿1、カップ(容量約210ml)・ソーサー各5 【化粧箱入】●ボーンチャイナ●現品(大皿)約27φ×2.5cm・(カップ)約10φ×6cm・(ソーサー)約16.4φ×2.3cm 日本製 人知れぬ涙~究極のベル・カント
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クリエーターは「フローレス(フアン・ディエゴ)」「ドミンゴ(プラシド)」「ピクエラス(フェルナンド)」「ネトレプコ(アンナ)」「キーチェン(マリウス)」「チョーフィ(パトリツィア)」「バルチェッローナ(ダニエラ)」「バレンシア市立合唱団」「オーレン(ダニエル)」「ペラレス(フランチェスク)」「バレンシア市立管弦楽団」です。 この商品を買った人は他にも「ルビーニのためのアリア集」、「アーウィン・シュロット」、「ベッリーニ:歌劇「夢遊病の娘」」、「夜の女王のアリア~モーツァルト、サリエーリ&リギーニ」、「女心の歌~グレート・テノール・アリアズ」、などにも興味を持っています。 English Camber Music
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クリエーターは「セルフィッシュ・カント」です。 この商品を買った人は他にも「Intimacy」、「ザ・ビショップス(初回限定特別価格)」、「ボックス・オブ・シークレッツ」、「Beat Pyramid」、「Real Fictional」、などにも興味を持っています。 カントリーガール
レビュー ![]() 何だか泣けます。
唄ってると、途中で涙ぐむ唄というのが私にはありますが、
これもまさにそうですね。三番の、 あいつが君を捨てたのは、たった七日目のこと (・・・・・・) 化粧の上手いおしゃれな娘にさっさと乗り換えたのさ (・・・・・) これが通り過ぎるともうサビのカントリーガ〜ル♪が 涙声が混じってしまいますね><。。。 ちなみにもう一つは「僕たちの失敗」です。 わかばまーく
浩子さんの初期の名曲を集めた、もっともベストらしいベスト。『谷山浩子ってちょっと興味あるけど、これだけあるとどこから聴いていいものやら……』という人にはお勧め。
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クリエーターは「谷山浩子」です。 この商品を買った人は他にも「眠れない夜のために・・・」、「HIROKO TANIYAMA ’80s (エイティーズ)」、「もうひとりのアリス」、「銀の記憶」、「HIROKO TANIYAMA ’90s」、などにも興味を持っています。 カント・ライヴ [DVD]
レビュー ![]() セサルのいたなさがかわいい
メキシコを中心に中南米の音楽、情熱的で少しセンチでとても良いです。歌が上手い音楽はリッチな気分になれますがこれはまさにそう。ドキュメンタリー仕上げ(随処に泣かせるエピソードあり)になっていて集まったメンバーがコラボレーションしていく様子も楽しいです。セッションの中心となっているロス・ロボス、あのサングラスの太っちょセサル・ロサスがリズムカッティングを投げ出して「デビッドに任せよう。」なんていうシーンは思わず笑えます。苦言を言えばドキュメンタリーの部分が長いので2回目はパーフォマンスだけ見たいけれど、いちいちチャプター飛ばさなくてはならないのは情けないってとこ。歌詞カードの英語の対訳は良いです。
カントリーマン [DVD]
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クリエーターは「ディッキー・ジョブソン」「カントリーマン」「ハイラム・ケラー」「ボブ・マーリィ」です。 この商品を買った人は他にも「ハーダー・ゼイ・カム [DVD]」、「Legend of Rockers ロッカーズ25TH [DVD]」、「ルーツ・ロック・レゲエ [DVD]」、「Return of the Super Ape」、「ボブ・マーリーとともに」、などにも興味を持っています。 ミニ鉄道の小さな旅(関東編) Vol.10 関東鉄道 ベッドタウンのディーゼル列車 [DVD]
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クリエーターは「鉄道」です。 この商品を買った人は他にも「ミニ鉄道の小さな旅(関東編) Vol.9 秩父鉄道 大興奮!SLの勇姿 [DVD]」、「ミニ鉄道の小さな旅(関東編) Vol.1 江ノ電 湘南の風に誘われて~鎌倉編 [DVD]」、「ミニ鉄道の小さな旅(関東編) Vol.7 わたらせ渓谷鐵道 渡良瀬川にそって [DVD]」、「ミニ鉄道の小さな旅(関東編) Vol.6 会津鉄道 緑したたる渓谷をぬけて [DVD]」、「ミニ鉄道の小さな旅(関東編) Vol.5 上毛鉄道 赤城山の麓を行く [DVD]」、などにも興味を持っています。 カント・フェルモ トートバック CF41103
【サイズ】275×110×280mm(持ち手長さ150mm) 【重量】約760g 【材質】牛革、底部分・その他付属:PVC 【製造国】中国 【仕様】開閉:マグネットホック式・天ファスナー式、外側:ファスナー式ポケット×1、内側:フルサイズファスナー式ポケット×1、ファスナー式・オープン・携帯電話収納ポケット×各1 カント・フェルモ ショルダーバッグ CF41106
【サイズ】190×85×210mm(持ち手長さ550〜610mm) 【重量】約420g 【材質】牛革、底部分・その他付属:PVC 【製造国】中国 【仕様】開閉:マグネットホック式・天ファスナー式、外側:ファスナー式ポケット×1、内側:フルサイズファスナー式ポケット×1、ファスナー式・携帯電話収納ポケット×各1 ベラ:クラフトカント VDE絶縁 ドライバーセット 6本組 660/6VDE
WeraのVDEスクリュードライバーの赤/黄ハンドルは、ドライバーの軸に1000ボルトの電流を流して検査されています。●ドライバーセット内容○マイナス(660i):2.5×80、3.5×105、4.0×100、5.5×125mm○プラス(662i):No.1×80、No.2×100●メーカー:ベラ / Wera●メーカー品番:660/6 VDE カント入門 (ちくま新書)
レビュー ![]() わかりやすく的確なカント入門書
カントの入門書はカント自身による『プロレゴメナ』をはじめかなり読んだが、本書が一番いいと思う。さすが専門の学者の手によるものだけあって記述も正確で、変な自意識がない。カテゴリー表とアンチノミーの関係等基本的なことがわかりやすく書かれている。多少記述が論理学寄りではあるが、晩年の問題意識もフォローしているので問題はない。構成的理念と統制的(本書は「統整的」とは書かない)理念の解釈、物自体の解釈や視差の問題等は柄谷行人を知る人間にはものたりないが、カント問題意識を現代に蘇らすという点において本書のようなコンパクトな入門書の存在は大きい。
(ただし同著者による他の著書は二番煎じなので、次のステップに行きたい人にはカント自身のテキストを薦める。) ぐいぐい読めました
カントの哲学について、個別の詳細な議論はあまりせず、全体を通した基本的なものの見方という観点から概説しており、大変わかり易い入門書になっています。この本を読んだ後、別の入門書を読んでみたけど、全体の構成・バランスなど、こちらの方が圧倒的に優れていました。
のっけから、人間理性の限界、理性は無限を把握できないという議論から始まり、宇宙には量がないという結論にあっという間に至ったとき、初めてカント(の入門書)に触れた私は、まさに驚天動地。宇宙は量の概念で図れない。だから、時間や空間は人間の主観的な認識の形式でしかない。そこからカントの哲学が整理されていきます。 難解とされるカント哲学の解説ですが、用語も丁寧に解説してあり、混乱することもありません。何よりも、基本コンセプトの把握に徹しているところが、私のような素人にはお勧めです。また私は、一貫して展開していく論理に引き釣りこまれて、どんどん読み進めることができました。 でも色々な命題に関する証明は、本の性格上最小限に留められています。それゆえ必ずしも全てが腑に落ちるものでもありません。ですので、カントの哲学について自分なりに評価していくためには、さらに読書を進めていく必要があるだろうと考えました。 いい入門書だと思いました。
著者の石川文康さんは、カントの「批判哲学」のキーワード(悟性、理性、判断力など)をわかりやすい言葉に置き返して、説明してくれています。語源から説明してくれているので、理解しやすいです!
でも、カントをまったく知らない人は、中島義道さんの『カントの人間学』(講談社新書)をまずは読んでみるのがオススメです。なぜかというと、石川さんの本では、カントの自伝的な要素について書かれていないからです。 さらに言えば、カントの『純粋理性批判』(岩波文庫)を買って読んでみて、「こりゃ〜、一人じゃ読めないよ」と思ってから、この『カント入門』を読むと、「オゥーわかりやすい」ってより感じることができると思います!! 一般人の入門書になってない
カントに限らず、哲学が敬遠されるのも無理はないな〜と思いました。哲学における問題の考察の仕方がどうしてもこじ付けのように思えるのです。例えば、カントが行った理性批判の根拠として、「同一の理性が相反する2つの命題を同時に証明している場合、両方の命題の真理性が失われ、それどころか真理の最高決定機関であるはずの理性がその原因だから、理性能力そのものに疑いがかけられる」とあります。その具体例として、「世界に時間的な始まりがあるかないか」が挙げられ、どちらも理性で真であると証明できるとされています。「ある」の証明において、「もし始まりがないとすれば、どの時点においてもそれまでに無限の時間が経過していることになる。無限な時間とは完結しえない時間である。ところが我々は現在という完結した時点においてある。従って、これまでに無限の時間が過ぎ去ったということはあり得ない。すなわち世界は始まりを持つ。」とあります。なんで現在が完結した時点と言えるの?未来に向かって無限に伸びてるんでは?数直線上のゼロの位置に現在はあるんじゃないの?「ない」の証明においては、「始まりがあるとすれば、世界の始まりの前に何も存在しない空虚な時間があったことになる。空虚な時間からはおよそ物が生起することは不可能である。無から有が生起するなんらの条件も見出せないから。ゆえに世界は始まりを持たない」とあります。「無から有は生じない」は、経験上そんな気もしないでもないですが、絶対そうだなんてどうして言えるのか?結局時間の始まりの有無は証明されていない気がします。そんな一般人の疑問に答えることなく著者はどちらも理性により証明されていると前提して、そのような理性の「二枚舌」を「ショッキングな事態」とし、さらに「いっそうショッキング」なことに、理性の結論として世界は実は存在していないことになる(とカントは考えた)と続け、さらにカントの全体の説明に入ります。もうこの辺で私にはついて行けません。理性なんて、本人の意思や経験や状況に応じて如何様にでも使える単なる「道具」なんじゃないですか?そのような理性の不確実さを発見ないし主張したのがカントの偉大な点だとしたら、大したことないな〜と思うのが一般人だと思います。結局本書は一般人を対象とした入門書ではなく、一通り哲学を勉強した人が読んで自分の知識を再確認して自己満足に浸る程度のものでしかない。
類似の本はたくさんあれども・・・
実は、類似のカント解説本がたくさんあるなかで、カントの宗教論について言及されているものは少ない。まず、『純粋理性批判』についてのみ着目する人は、カントを形而上学の破壊者としてのみ位置づけてしまう。それは間違っている。ヴィトゲンシュタインを論理実証主義者と同一視するようなものだ。それを乗り越え、カントはライプニッツ=ヴォルフ的な完全性をひっくり返し、自由の意味を変え、それを道徳と結び付けたという意味合いで『実践理性批判』に着目するだけでも、難しい。しかしながら、カントの宗教批判『単なる理性の限界内の宗教』にまで言及されている入門書はさらに珍しい。というよりも、ほとんど稀有である。それを織り込み、入門書としてきっちりと書き上げているこの本はえらい。
カント入門 (ちくま新書)を見てみる
クリエーターは「石川 文康」です。 この商品を買った人は他にも「デカルト入門 (ちくま新書)」、「ハイデガー入門 (ちくま新書)」、「プラトン入門 (ちくま新書)」、「アリストテレス入門 (ちくま新書)」、「ニーチェ入門 (ちくま新書)」、などにも興味を持っています。 永遠平和のために (岩波文庫)
レビュー ![]() 偉大な哲人カントの平和論。厳粛に傾聴すべし。
200年以上前に書かれたこの本は、晩年のカントが永遠平和を希求して著したもので、二つの章と二つの補説および付録二項からなっている。第一章は、人類がこのまま行けば戦争により滅亡するであろうことを防ぐための条件が書かれていて、六つの条項から成っている。特に有名なのは、「常備軍は、時とともに全廃されなければならない」という条項である。第二章は、永遠平和のための三つの施策が書かれている。その施策とは、国家は共和制でなければならないこと、国際関係は自由な諸国家の連合制度に基礎を置くべきこと、世界市民法は普遍的な友好の諸条件で規定されるべきこと(征服ではなく、友好的な訪問の権利が認められ、それが次第に世界市民体制へと近づける、という考えに基づいている)、である。
補説では、それらの根拠として主として自然の合目的性を挙げている。付録では、基本的にカントの定言命法(自分の行為のルールが、同時にいつでも誰にとっても妥当なルールとなるように行為しなさい、など)と義務を求める道徳哲学に基づいた議論がなされているが、政治と道徳の二律背反に関して、公表性をキーワードとして一つの原理を提出している。訳者は解説で、カントはこの原理を更に展開したいと語っていたが実現しなかった、と述べている。 現実を肯定する視点からは、永遠平和を達成する原理を理解することの大切さは見えてこないのだと思います。カントの考えの中から、時代を超えた重要な普遍性を見つけることが出来るのではないでしょうか。 地理と理性が‘自然に’導く平和
甘い理想論は無い。「人の間には、二つの関係しか無い。つまり、論理と戦争だ」(P.ヴァレリー『テスト氏』)。これに通じる世界観が描かれている。
冒頭、「永久の平安」とは、元は墓地の言葉であり、それが旅館の看板にブラック・ユーモアで引用されていた逸話が紹介される。見方によってはこの話、全篇を貫く或る緊張感を象徴している。つまり、この地上を往き来する人々が求めるこの平安は、反面、人が性急に求めれば、却って世界の死滅を導きかねない、という事。 カントは、個人間、民族・国家間で、未知の者と隣接している事自体が戦争状態である、と明言する。だがまた、或る一極集中的な権力による支配をも、拒絶している。理性を有する者なら悪魔でも達する一致点としての平和を構想する。 永遠平和が現実的な課題である事を示す際、人類の、有限な地表の上で共生という、自然条件が根拠にされる。自然は殆ど、人の資源という見地からしか検証されないが、一つのエコロジカルな視点ではある。逆に、神の秩序としての自然から見た時には、人は無自覚的にそれに従う存在とされている。カントは主著『純粋理性批判』で、理性の限界の検証を、「地球はその上を無限に歩いていけるが、それが球体である事を知れば、限界を知る事ができる」という比喩で説明していた(他、懐疑論者を遊牧民に喩えていた)。この比喩を現実に展開したという面もある。 カントは、“世界公民的見地における一般史の構想”(『啓蒙とは何か他四篇』)で、森の樹々は太陽と空気を独占しようと対立し合うからこそ、それぞれが立派に成長すると言っている。そうでなければ、慎ましい牧羊的生活と引き換えに、個々の才能と価値は没する、と。永遠平和は、対立、不調和、不信を‘解消’すべく構想されてはいない。却って戦争状態を前提にし、逆用する。自由を最大限に確保しながら、破壊的作用を抑制すべく構想される。 永遠平和の"為に"
原題はZum ewigen Friedenだから「〜へ向けて」と訳すのがカント的な訳であろうと思うが、宇都宮氏以前からの定訳なので、こう訳されている。
だが永遠平和は「理念」なんだから到達不可能なのは論理的必然である。 憲法学者でカントをこれしか読んでない勉強不足の旧帝大教授(宇都宮氏に非ず)が紀要論文で 「カントは永遠平和は実現可能と考えていたという読み込みも可能かもしれない」 などと大嘘を書いているが、そのような"読み込み"は不可能である。 カントは明言を以って「恒久平和はもちろん実現不可能な理念である」(Metaphysik der Sitten)と述べている。 こういうところでプラトン-カント系と、アリストテレス-ヘーゲル系の論理の質の違いを知っているかという最も基礎的な教養の有無が露呈するのである。 要するにこの憲法学者氏はカントの著作を何も読んでない。そして何も知らないマスコミが新聞で1995年にコラムで彼を担いでいるのを見て苦々しく思った記憶がある。 憲法学者と法哲学者は(哲学文献をどれだけ読んだかの信頼性が)違うので、憲法学者の書いたカントの恒久平和論には憲法学のゼミに属する学部生は特に注意するべきである。 またカントは「永遠平和の問題は哲学上の千年期説である」(前同)と述べてもいる。 つまり哲学的には恒久平和の問題は「終末論」と平行関係にある。 宗教哲学の立場から言わせてもらうと、この「終末論」というのが哲学的に大変な難物であり、世間様がイメージする末法思想としての終末観とは根本的に相違する。 永遠平和の思想はその人の持つ「終末論」に依存するのである。 ちなみにこの論文が、後の国際連盟→国際連合の青写真となっていることは知っておいたほうが良い。 素晴らしき現実主義者カント
カントは、常にホッブスと対比される。そこでは、一般的に、カント的とは国家を克服し、地球市民となって“世界平和”的に協力的に世界平和をえること、ホッブス的とは“単独平和”的に、いわば一国が世界の警察官として、国家同士の闘争状態に終止符をうち世界秩序を維持すること、というように解釈されることが多い。少なくともド“素人”の私にはそのように感じられる。ヨーロッパ=EUや国際連合は前者であり、最近はやや対話にシフトしつつあるが、米国のかつてのユニラテラリズムが後者と捉えているのが実情である。本当に果たしてそうか?この疑念のもと本著をひもといてみた。結果として、私に期待は大きくはずれ、カントを見直したのである(笑)。そこにはいわゆる国境なき地球市民としての“世界平和”をカントは著述してはいなかった。ホッブスと同様、“自然状態とは戦争状態にあること”が世界の実情であることを的確にとらえ、その上で、独立国家同士が互いに牽制しあいつつも、平和を維持するには国家間に国際連合的なものが必須であると説いているのであった。すなわち、カントは超現実主義者であり、そこには常備軍の廃止というユートピア的提案は確かに一部なされてはいるものの、国連はもちろん、VISAの原型や現行国際法では、まさしくカントの思考がここに照射されているのであった。一方のホッブスは、プラトン『国家』で推奨された哲人政治の利点を大きく認めたのであろう、リヴァイアサン=超国家(=現行では米国)による統治こそ世界平和の近道であると説いたのであった。かくいうカントもホッブスも、ともにリアルな世界史観のもと、最終的な方法論においての相違を呈しているにしかすぎないことが、本著によって確信されたのであった。翻訳であっても、原著を読むことが、世間的虚妄を払拭してくれる近道であることを改めて痛感した読後であった。解説本もなるべく読むまい!
人類の最終目標は絶対的平和
本書は、国際連合設立のもととなったものです。ですから、平和実現への
方法として諸国家の連合を訴えています。勿論、本書の内容はそれだけで はありません。 カントというと、名前くらいは聞いたことのある方が多いのではないで しょうか。とても著名な哲人です。 内容は、決して難しいわけではありません。薄い本ですし、主張とその根 拠が明確です。また、アマゾンで目次を見ていただけば明らかなように、 目次自体が要約にもなっています。 是非、お読みください。
永遠平和のために (岩波文庫)を見てみる
クリエーターは「カント」「Immanuel Kant」「宇都宮 芳明」です。 この商品を買った人は他にも「道徳形而上学原論 (岩波文庫)」、「社会契約論 (岩波文庫)」、「人間不平等起原論 (岩波文庫)」、「実践理性批判 (岩波文庫)」、「啓蒙とは何か―他四篇 (岩波文庫 (33-625-2))」、などにも興味を持っています。 実践理性批判 (岩波文庫)
レビュー ![]() 最高の哲学
私は哲学のことはちっともわからないが、哲学書を時たま読む。
カントの本は本当に∞にわからないが、哲学界最高のスーパースターが書いた本を 紹介せずにはいられない。 特に、次の永久不滅の言葉は、暗記しておくべきであろう。 「君の意志の格率がいつでも同時に普遍的立法の原理として妥当するように行為せよ」 カントが示した道徳原理は素晴らしいと思う。がしかし、今一つ腑に落ちない
この本に書かれている結論を一言で言ってみると大体次のようになると思う。人間の理性は、世界の果てや始まりや究極の構成要素が何であるのかということを追求して止まないのと同じ様に、究極の善(最高善)とは何であるのかということを求めて止まない。だが、この世界においては、善を為すことと幸福を求めることという人間の行為(徳と福)は一致しないかのように見えるから、最高善も存在しないし、道徳自体も意味を持たなくなるかのように見える。しかし、人間というものは、善悪とは何であるかを先験的に知っているし、行為の原因性としての究極の自由と、世界の根源的原因性としての神の存在を想定しさえすれば、最高善は可能となり、意志を規定する道徳法則も成立する。
そこまではカントが何を言おうとしていたのか、なんとか分かったつもりになれたのだが、問題はどうしてそう言えるのか、というところ。あの素晴らしい、『純粋理性批判』で展開したやり方で、道徳論を展開しているのだが、そのようなカントの説明は小生をして今一歩腑に落としてくれない。腑に落ちるには、視点の変更が必要なように思えた。だが、そのことはいささかもカントに対する敬愛の念を損ねるものではない。 純粋理性から実践理性へ
『実践理性批判』では、「この『純粋理性批判』の内容がどう連結するのか」、具体的に
は「矛盾というしばりに掛けられた理性が、形而上学的課題@自由A心の不死B神の現存 と、どう結びつくのか」ということです。ここに入ってきますと、もうひとつの強烈な人 間観のようなものを感じさせられる言説にぶつかります。 「諸目的の秩序において、人間(それとともにあらゆる理性的な存在者)は目的それ自 体である、すなわち人間は、その際同時に自ら目的であることをなしには、誰によっても (神によってすら)決してたんに手段として用いられることはできないということであり、 それゆえわれわれの人格における人間性はわれわれ自身にとって神性でなければならない、 ということである」 もうすでに「最高善」「道徳原則」「英知的意識」「徳」「幸福」…などの用語から、背筋 を伸ばして正しい姿勢で読まなければ、怒られそうな雰囲気です。すぐ堕落する僕は、叱 られているようでたまりませんでした。 上記の形而上学的課題 自由 心の不死 神の現存 は、実践理性によって展開されます。 それは「最高善の実現」とリンクしています。 最高善の実現 1)条件:道徳性の必然的完成⇒心の不死 要請 2)条件:幸福への原因⇒神の現存 要請 (社会的幸福という意味ではなく幸福は理性的存在者が「一切が意のままになる」と、注解にありました) ここから『純粋理性批判』での「純粋理性の弁証的推理」が、 1)純粋理性の誤謬⇒心の不死 要請 2)純粋理性の二律背反⇒自由の実在 要請 3)純粋理性の理想⇒実践理性(最高善の最上原理) というように、必然的な結びつきとして描き出されています。 不朽の名著
カントのいわゆる「三大批判書」(『純粋理性批判』『実践理性批判』および『判断力批判』)は、哲学史上にその名を知らしめた名著であると同時に、極めて難解な構造を持っていることでも有名である。本書について、ただ文字を追って頭の中で整理しながら完璧に主旨を把握できる人がもしいるのなら、私は諸手を挙げてその明晰な頭脳に対して敬意を表したい。私はそんな人間ではないし、事実私は本書を読み進める(解読する)ために、蛍光ペンと鉛筆を片時なりとも離さなかったくらいである。後にも先にも、このような経験はカントの著作に取り掛かってから初めて味わったものであった。
以上のようなこともあって、本書を手にする前に、あらかじめ手頃なカント入門の本を最低一冊は読んでおくことをお勧めしたい。 内容理解のためにもう少し付け加えておくと、本書は本論の最初の部分においてまず大まかな結論がなされていると言える。つまり、読んでいくにしたがってその理論の正しさが証明されていくというスタイルで書かれているのである(『純粋理性批判』はまさにこの逆のやり方で書かれている)。このことは結局のところ、一番始めで最もつまづきやすいが、そこを超えれば比較的楽に読み進められるということを意味している。 『純粋理性批判』の対象が「形而上学」であるならば、『実践理性批判』は「道徳・倫理」の書であると言える。道徳観に焦点が当たる限り、本書は不朽の名著としてこれからもその光彩を放っていくことだろう。
実践理性批判 (岩波文庫)を見てみる
クリエーターは「カント」です。 この商品を買った人は他にも「判断力批判 下 岩波文庫 青 625-8」、「判断力批判 上 岩波文庫 青 625-7」、「純粋理性批判 上 岩波文庫 青 625-3」、「道徳形而上学原論 (岩波文庫)」、「プロレゴメナ (岩波文庫)」、などにも興味を持っています。 |